第45話 そこんとこ詳しく。
「案の定」
テニスコート裏。つい先日ここで蕗と話をしてたのがえらく前のように感じる。そう勘違いしてしまうほど俺は蕗との時間を共有していた。
平さんより長いとは言わないが、もしかしたら誰よりも濃い時間を共にしてるかも。そんな蕗が苦々しく呟いた。しかもそれだけじゃない。
和田一党と思われる集団が防戦一方の細川君に暴力を与え続けていた。鼓動が高まる。心臓から押し出される血液すべてが脳に向かっているような感覚。
こみ上げる怒り。何がしたいんだ、いやどうでもいい。
そんなことは理解し合える相手に対してだけ持てばいい感情。やり返せない細川君や、空気を読んで事を荒げたくない蕗に陰湿な嫌がらせをして何が楽しい?
いや、同じ価値観を共有できない連中だ。きっとそれが楽しいんだろ、だけど楽しんだ結果の代償は背負ってもらう。
俺は自慢じゃないが強いのに穏やかな細川君が大好きなんだ。
それに蕗がいくら気丈だからと本人に解決を委ねる程俺は呑気者じゃない。そう何度も言うが俺は呑気者じゃない。
呑気者じゃないが蕗に関して過保護にする気もない。あらゆる格闘技を通信教育で会得したバトルマスターなのだ。
俺の手助けなんかなくても切り抜ける力がある。でも、どこか育ちが良くて優しいし、俺みたいなウザ絡みしないと毒のひとつも吐けないヤツだ。
それの何が悪い?
和田を振ったことが大庭の嫌がらせの始まりだと聞くが、どう見ても蕗と和田がつり合うとは思えないし、下心丸見えの和田の誘いを蕗が断るのは妥当な判断。
もしそうしなければ今頃蕗は和田一党の毒牙に……そう考えただけで怒りが増す。わかってる、蕗は友奈みたいに軽率でもないし芯が強いヤツだ。
だから同じ結果なんて有り得ない。俺が何を言いたいかと言えばそれはひとつ。
なんか腹立つ。
「私、右をやります」
「じゃあ、俺は左」
「師匠」
「ん?」
「私のことは愛してるとは言ってくれないのですか」
「思いは秘めるものだろ」
「私を思う気持ち、ダダ洩れ(笑)」
「なん、その自意識過剰っぷり(笑)」
「知りませんか、私強いんですからっと!」
そう言って蕗は派手に細川君を囲む一画をかかと落としで崩す。
そう思ってしまう程に遠慮がない。そりゃそうだろ。奴らはやり返して来れないだろうと決めつけて手を出してる。遠慮はいらない。
しかも俺たちときたら停学リーチ組。停学かもとびくびくするくらいなら、仲間を助けて停学確定にしてしまう方が上だ。そんなワケで俺も壁の1枚を蹴り飛ばした。
「師匠、足癖悪ッ!」
「お前もな!」
完全な不意打ち。一応言っておくが正々堂々なんて必要ない。それが必要な相手はコイツらじゃない。
蕗はかかと落としが肩に入ってうずくまる1人の太ももに蹴りを追加。トドメを刺した。俺が背中を蹴り飛ばしたヤツが玉突きで1人を巻き込んだ。
ダメージ低めだが突然の出来事に放心状態でガードがガバガバ。俺は難なくそいつのアゴにマンガで見たアッパーカットを放つ。
いや、びっくりするくらい決まったんだけど、もしかして俺最強説?
ほんの一瞬の間に細川君を囲む壁が3枚吹き飛んだ。残りは和田を含めてふたり。壁が減ったことにより細川君の姿が現れた。
殴られて腫れあがった目元が痛々しい。正直細川君は佐々木と仲がいい幼馴染というだけでファミリーに属していた。
だから俺や佐々木が気に入らないからと言って報復する相手ではない。だけど、そこが和田であり大庭なのだ。ふたりはホントに同じ臭いがする。陰湿でかび臭い。
そしてもっとも似てるのがこの下卑た笑み。
「源……
「なにデカい
「言ってくれるじゃねぇか、海野――ッ!」
「知ってるか、声デカい男ってたいがいナニが小さいんだぜ?」
「なにそのマメ知識! 師匠、そこんとこ詳しく!」
「なに知らないの? 声デカい男はナニが小さい。人のモノ欲しがる男は脳みそが小さい。常識だろ?」
「なら、そこから導き出される答えでは和田君ナニも脳もチンマイってことじゃないですか!」
「付け加えると心もミジンコ」
「なにそれ、むしろ希少動物! 逆にモテたり?」
「それある! 例えば大庭真夜みたいなちゅーと半端な美少女とか?」
「美少女⁉ 性格底辺ですが?」
「そこよ! だから口開かせなきゃ、逆の逆にアリじゃね? 知らんけど」
「知らんのか――い!」
いつものノリを披露しただけなのに和田は吐き捨てる様な顔をし、細川君は軽く噴き出した。ここが細川君の人柄だろう。
「さぁ、愛する細川君をこんなにしてんだ、覚悟あるよな」
「待ってください、師匠! 三浦さんに続き細川君まで愛してると⁉ いえ、ここは
こうして余りにも緊張感のない最終決戦の火ぶたが切って降ろされた。
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