第46話 【第一部完結】私、おすすめです。
「まあ、待てよ。手荒な真似は。こっちには交渉する準備がある」
軽く両手を挙げ、その
ここまで細川君にしておいて交渉が成立するとでも? 呆れ顔で蕗を見るが意外にも蕗は乗り気だ。
(どうしたんだ、ぶっ飛ばさないのか?)
(いや、これほど定番の小者な反応見せられたら後学のために見てみたくなりませんか?)
(確かに……でも、定番のアレだよ? 好きにしていい的な?)
(元カノをでしょ! いや、その定番のテンプレ的なの見てみたいじゃない! 期待を裏切らないアレなら大爆笑ということで)
(そうは言うけど、押してんだよ? 先生連合押し寄せるの待ったなし……来た、アレだろアレ……)
(アレですね、アレ。期待を裏切らない感じはビンビン感じますが、そこまで――師匠! どうしましょ! 鉄板キタ――ッ!)
蕗は小声で叫んでガッツポーズをした。いや、それほど喜ぶことか? そもそも、コイツ思えばわかっていた。コイツは自分がない。
人が『いい』というから『いい』だし、人が求めるものだから価値がある。そして人に求められるから自分には価値がある。
そしてお前が密かに憧れていた事を俺は知っていた。
そこに悲劇のヒロイン
伊勢
憶測だが
残念だけど
それで何かが補完出来ると思っていたのだろう。でも、それはあくまでも遥が欲しいものであって、自分が欲しい真のものでは俺はなかった。
遥が欲しがる俺を手に入れて自分の価値を感じた。自分が勝っているという優越感を感じたかっただけ。中学時代の悲劇のヒロインに勝った、そんな感覚。
しかしそんなものでは満たされなかった。そこまではギリいいとしよう。
付き合ってみて思ってたのと違うなんてことあるのが当たり前だ。だけど、友奈が求めたのは悲劇。自分を中心とした悲劇を心の奥底から求めた。
だから俺といる安定なんて価値がなかった。和田が提供する不安定で不誠実な不幸の果実が友奈の悲劇の主人公に近かった。
そしてたった今命令された言葉で友奈の望む悲劇の舞台の幕が上がる。
「源。どうだ、仲よくしないか? お前にとって悪い条件じゃないぜ。なんてったって元カノを寝取り返すチャンスをやるって言うんだからな」
「元カノを寝取り返すか。まぁ、悪くないが本人の意思は?」
「意思? 別に構わんだろ、そういうの好きなんだろ、北条?」
そこにいた友奈は困った顔をするが明らかに上気した顔をしていた。つまりは、そういうシチュエーションでも構わないと言っているに等しい。
たいした悲劇のヒロインさまだ。その友奈の反応に満足したのか、和田は饒舌になる。
「ただ条件がある」
「条件? 聞こうか」
「ひとつはファミリーを抜けろ。大丈夫だ、オレの仲間にしてやる。あと、誰かよこせ」
「誰かよこす?」
「誰でもいい、平でも三浦でも、なんなら海野でもガマンしてやる。安心しろ、いつでも使わせてやる。もちろん、元カノは使いたい放題だ。どうだ? いい提案だ――⁉」
いい調子で話を続ける和田。
どうにもこういう中途半端な悪者の世迷い事を聞かされるのは苦手で、そろそろ拳で口を塞ごうかと蕗に目配せをしていたところ、俺たちの耳元を切り裂く音が通り過ぎた。
「アガッ……⁉」
情けない声を上げてなぜか和田がその場に倒れ込む。よく見ると和田は何か口にくわえていた。
「ホウキ……ですか?」
「ホウキだけど、なんで?」
そう言えばさっき空気を引き裂くような音が……恐る恐る蕗と振り返るとそこには……
「あら、ごめんあそばせ。いえ、先程おふたりがナイトプールにエロい水着着用でお出かけされるとかされないとか。その辺り詳しくお話ししましょうか」
俺たちの視線の先には鬼の形相の平さんが肩で息をして立っていた。どうやら和田の口に突き刺さってるホウキは平さんの手で放たれたもののようだ。
しかし、そうなると誰を狙って放たれたかという問題が残る。
俺は現実逃避すべく足元に転がる小者――じゃなくて被害者の和田に目を移した。残念ながら彼の前歯はきれいに折れて何本か転がっていた。
「あの、源君。私、どうしたら」
胸元で指を組んで懇願するような表情で俺を見るのは元カノ友奈。どうしたらもこうしたらもない。
まさか、和田の言いつけ『俺が寝取り返す』を実行するとでも思ってるのだろうか。嫌悪感すら通り越してむしろ清々しい。
私のためにケンカしないでみたいな感じだろうか。
コイツに伝わる言葉があるのだろうか。俺は真剣に悩んだ。何か言葉を掛けてやるのが親切なんだろう。例えばそれが蔑みの言葉でも。
でも、それすらも友奈の悲劇のヒロインへのエネルギーになるのかもと思えば、安易に言葉に出来ない。だけど、この沈黙も同じ意味を持つ。
そうなるとここは――と思いきや、平さんが待ってはくれない。
「何か言い訳の言葉があるならお聞きします。もちろん個別面談も厭いません」
「私はあの……被害者ということには……」
「海野さん。なりませんね、わたくし仏の顔は1度と決めてますもの。
「いや、なんて言うか元カノさんがどうやら俺に寝取られたいみたいで……」
「はぁ? 古事記にも出てませんでしたか『バカも休み休み言え』って。さすがにわたくしもはっ倒しますよ、ほんとに憎い人」
「そっか、じゃあ蕗はどう思う、元カノを?」
「私に振りますか⁉ では、誤解を恐れずに言うなら『それなら私と恋愛しようよ』です、そんな下半身情緒不安定な女子はスルーです、もちろん一択で」
「海野さん、それわたくしへの宣戦布告に聞こえますが?」
「どうでしょうか、うん。ご存じ私、自他共に認める師匠のバディですので、なんとも……って三浦さん⁉ 何を」
そこにひょこっと現れた三浦
「あんたたちは勝手にもめてなさい。源、ケガしてない? 保健室いこ? あとね、さすがに2回も廊下で『愛してる』言われたらそろそろさぁ、付き合っちゃおにならない? ってかこれって
「マジか?」
「マジよマジ! 後さ、ナイトプールの半額クーポンあるよ? 家庭的でしょ?」
なぜかここに来て三浦の猛アピール。そういえば確かにそうかも知れん。そんな思考を読まれたのか平さんと蕗の視線に殺意が混じる。
「そんなワケで、悪いな。北条さん、君とは終ってんだ。終わらせたのはそっちだろ? 俺はほら、こんな感じで……行くわ、さいなら~~あと、2度と話し掛けないで、不快感しかない」
焼くべき橋は焼く。元々未練なんてないんだ。だけど、悲劇のヒロインへのエネルギーもやらん。俺はケチなんだ。
そんなこんなで俺は腕にしがみつく三浦を連れ脱兎の如く駆け出した。
まぁ、現実は変わらない。どうせ昼休みには生徒指導室に蕗と行くんだろうし、家に帰れば姉ちゃんに小言を言われ、週末には保護猫『麻呂』のキャリーバッグをジト目の平さんと選ぶんだろう。
それでも、高校デビューで大コケにコケた寝取られから進歩したかもだ。
遥のこともどうなるかわからない。だけど、そうだな、少なくとも知らない間に誰かに寝取られる心配のない女子に囲まれ生温かい高校生活が待ってるだろう。
□□□作者より□□□
今回を持ちまして本作第一部完結となります。長々とお付き合いいただきありがとうございます。第二部に関しては公開は未定です。またお会いできる日を楽しみにしております。
応援、心から感謝します。
アサガキタ。
入学早々寝取られたので、学園のツートップ美少女と付き合いました。 アサガキタ @sazanami023
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