第43話 違和感。

「なになに、おもしろそうなこと始めてんじゃん。混ぜてよ」


 B組との親睦を深めていた俺たちの元に現れたのは『強面シスターズ』を引きつれた三浦みなみだった。


 ワザとらしく当たった感じで、大庭さんの机を蹴り上げた三浦はなぜか平さんに一瞥し「」と平さん風に謝った。


 もちろん本心からではない。そして平さんは平さんで俺の耳元で「『ごめんあそばせ』なんてわたくし言いませんから! イジリが過ぎます!」と苦情を言う。なんで俺に言うんだ?


「あのさ、大庭さんだっけ? うちらさ、縫製ほうせいとか割りに詳しいわけ。でさ、蕗の体操服。でイッてるんだよね。


 えっと……おそらく、自信はないけど、中村さんの方が大庭さんにすごむ。そしてたぶん伊東さんだ。俺の肩に腕を置く。悪者感がパない。


「それがなにか? 私には関係ないことなんだけど」


「関係ないことはないでしょ、クラスメイトの体操服がこんなになってるんだからさぁ、あっ、ごめんね。彼女たち人相悪いから難癖なんぐせつけてるって思った? そうじゃないから、そんなのイジメだしね」


 俺の肩に腕を置いた、たぶん伊東さんが「人相悪いって……その発言の方がイジメだろ」となぜか涙目。見た目とは違い意外に打たれ弱いみたいだ。


 蕗の体操服を切り裂いた犯人は間違いなく大庭真夜だ。しかし、そのしっぽを掴んだ訳ではないし、仮に掴んだとして何をしてもいいってことにはならない。


 例えばこんな風に大勢で詰め寄るのは程ほどにしないと、うまくいくこともうまく行かない。


「それじゃあ、蕗。昼休み、生徒指導室にランデブーな感じな」


「師匠、お言葉ですがそんな気楽な感じでいいのですか? 師匠は最悪坊主ですよ、坊主」


「いいじゃん、坊主。そうだ、そうなりゃ源くんも野球部入らない? 歓迎するよ」


 最後まで気のいいガタイのデカい野球部男子は白い歯を見せて笑った。残念、野球部男子君。B組はいまそんな空気じゃないよ、でも彼の存在は救いだ。


 彼のお陰で凍り付くまでにはならないで済んだ。そうとは言えかますところはかまさないと。じゃないと、今日の予定は目白押しなんだ。


 どうでもいいが『目白メジロ押しってなに?』となり、俺はその場でネット検索をしてみた。


 メジロというのは鳥の名称で、そのメジロが木の枝に『目白押し』と言わんばかりに押し合うようにとまっていた。


 それが妙にかわいく一見の価値がある。平さんを呼び俺のスマホ画面を見せると、平さんもほんわかな顔してた。彼女はかわいいもの好きだ。


 しかし、なんて場違いなふたりだ(笑)


 場違いにもふたりでなごんでいたが、我に返り大庭さんに付け加えた。


「なんにしても、大庭さん。蕗のことはファミリーが監視してる。その意味を理解して欲しい。別に君を疑ってる訳じゃない、ただ自然に体操服は裂けないってことだ」


 捨て台詞のつもりだった。しかし、俺が思ってたより大庭さんは何倍も負けず嫌いだった。教室を後にしようとしかけた俺たちの背中に叫んだ。


「いい気にならないで、なにがファミリーよ。そのファミリーって万能なの? ことってあるわよね?」


 野球部男子の貢献もむなしく、大庭さんは一気にB組の空気を氷点下まで引き下げた。ちなみに今はもう夏だ。


 ことファミリーとなると三浦と強面シスターズが黙ってられないらしい。教室を出かけた足を戻そうとする。


 まずいなぁ、元々の計画では穏健派の俺と平さんで軽く圧を掛ける程度だったが、予期せず三浦シスターズが現れたことで『ヒットアンドアウェイ』がうまく行かない。


 しかも挑発にきたハズなのに、相手の挑発に乗る始末。しかし、ここで仲間内で揉めて一枚岩じゃないところは見せたくない。


 苦い顔をする俺に平さんは涼しい顔してきびずを返した。


「はい、それはそうでしょう。ファミリーとはいえ万能ではありません。しかし、そうですわね……それはあなたにも言える事ではありませんか? あなたの後ろ盾は一体どなたなんでしょう。まぁいいです。では、海野うんのさん……いえ、蕗さん。後ほど」


「あっ、はい。後ほどです」


 そう言って平さんがこの場を鎮めた。さすがと目を細めた矢先、平さんは三浦にドヤ顔をしながら髪をかき上げた。仲よくしような? めざせ、一枚岩! 


 あっ、なんかむなしい。まあ、及第点といったところだ。俺たちは教室に戻り佐々木に今朝の事を報告していた。


 佐々木に懐いてる強面シスターズは大袈裟に今朝のことを語り、笑った。三浦も一歩引いてはいたが、笑みを浮かべていた。


 これである程度はうまく行くだろう、そんな安心感が俺にはあった。いや、どこかで安心したかった。そう、なにか違和感を感じない訳ではない。


 それが何なのかがわからないまま俺は佐々木との会話に集中出来ないでいた。


 しかし、その答えを平さんがダイレクトで出してくれた。


信哉しんやさん、たいへんです。和田君たちがいません、なにかあります)


 それだ、和田一党が教室にひとりもいない。しかも、友奈ひとりがぽつりといて、不安げにオドオドしている。


 平さんに言われる前にこの風景は視界に入っていて違和感を感じていたが、答えには結びつかなかった。


「佐々木、悪い。気掛かりがある」


「そうか、僕も行こう」


「いや、頭が動いてどうする?」


「じゃあ、みなみを連れて行くか?」


「いや、最適解のヤツを俺は知っている。平さん、教室にいて欲しい」


「うん、わかった」


 俺は返事を背中で聞きながら駆け出していた。

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