第33話 お開き。

「あんた達やめてよね、人様のお家で叫ばない!」


 少し遅れて登場したのは絶賛放置プレイ中だった三浦みなみだ。ラフなストリート系ファッションだが、読モなだけあってかっこいい。


「源さぁ、あんたに待つっていう文化ないの? 別にいいけどさぁ。ん……? 源、ちょっと見せなさい。なにこれ」


 あからさまに不機嫌な顔して三浦は俺の手から蕗の体操服を奪い取った。強引にではなく、ひょいと。そんな感じ。


 ガサツなイメージを抱かれがちだけど、こういう所に育ちの良さが垣間かいま見える。それは佐々木もたいらさんも変わらない。


 よく考えたら蕗もだ。だけど、蕗の場合は育ちの良さというか、丁寧さ人当たりの良さが目に付く。それを逆手に取られた感じだ。


 この蕗のこんがらがった状況は、誰かの手を借りてでも何とかしないとどうにもならない。まぁ、その手の貸主が俺なわけだ。


 当の本人の蕗にはそれが伝わってるようだが、どうも外野の強面こわもてシスターズやその親方の三浦には伝わってないみたいだ。


 だから俺が体操服を持ってることに不安を感じたから三浦が取り上げたに違いない。


 ひとつ声を大にして伝えたい! 俺は映像派であって物品派ではない。いや、それが下着ならともかく、体操服となると俺の興味メーターはピクリともしない。


 ただ、この部屋は女子だらけの完全アウェイ。言葉使いには細心の注意が必要だ。


「それで、コレ。どんな話になってるの、今」


 三浦は案外冷静に切り裂かれた体操服に向かい合った。怒りに声を荒げるより俺たちの話がどこまで進んでいるか確認した。


「いや、いま源が見つけたところ。それでイジメじゃないのってトコでは中断した」


「中断? なんで」


「源が体操服嗅ぎだして、それで」


 三浦は『はぁ?』みたいな目で俺を見る。最近のトレンドの愛情表現はどうやらさげすみが含まれるらしい。夏にはぴったりのクールな感じだ。


 そこはたいらさんもはるかも変わらない。女子の流行りは猫の目のように変わるが、その部分は不動だ。俺に対してだけ説はあるけど。


「――で。なにかわかったの?」


「えっとですね、師匠……源君はですね『嫌な女のニオイがする』って」


「へぇ、すごいじゃん。わかってるね、さすが源」


「だろ、だろ?」


「いや、待って君らふたり。申し訳ないけど源の評価高過ぎん? 明らかに体操服の匂い嗅ぎたかっただけにしか見えんのだけど?」


「そう? でも、ってのだけでもわかったら蕗的にはいいんじゃない? つまりは源が言いたいのは男特有のニオイがしなかったって言いたいのよ。嫌でしょ、あんた達も誰かわからない男子に体操服の胸のトコ破られてニオイついてたら。それを源は言いたいのよ」


 なんだろ。この強面シスターズの『ホントかなぁ……』みたいな目は。その反応を横目で見ながら三浦は話を続ける。


「それで、男子じゃないことがある程度わかった。でも、解決じゃない。ふたりが言うように『イジメじゃない?』って話。そこんとこ蕗本人の話が聞きたい」


「それはいいんだけど、三浦。お前、蕗のこと『蕗』呼びにしたんだな、なんで?」


「いいじゃない、源だって蕗って呼んでるじゃない。いつまでたっても彼女の私は『三浦』ですが? いい加減、みなみって呼んでくれてもいいのに」


「ばか、お前。それはアレだ! そう、とっておきの夜にだな……」


「そっか! ごめん、考えあってのことなんだ! そっか、じゃあ別にたいらより格下扱いなワケじゃないのね~~納得!」


「ダメだ……ダメな男とダメな男に尽くすダメな女の未来しか見えん!」


 なぜか強面シスターズは天を仰いだ。


 ***

「そこさぁ、キツイ言い方になるけどはっきりした方がよくない? じゃないと傍目はためには源のお節介か、暴走に見えるよ?」


「それはうちらもそう思う。海野さぁ、被害者だよ。明らかに。なんでかばうの?」


「えっとですね、それは私が挨拶をやめたのも悪いんじゃないかなぁ、と思いまして」


 実はさっきから会話が堂々巡りというか、ここから一歩も進まない。俺はもう少し前から蕗がこういう部分があるとは思っていた。


 好き嫌いが割かしハッキリしてるクセにどこか事なかれ主義。しかも最終「自分が悪いかも」に落ち着く。


 知り合ってそんなに時間が経ってないから決めつけるのもなんだが、気が弱いワケじゃないのに、押しに弱い性格がひとつの原因なのは間違いない。


 しかし、良かれと思って寄ってたかって言うのも、見ようによればイジメと呼べなくもない。


 正しいと思われる意見も押し付けになれば、誰のためのモノかわからないし、それこそ周りの顔色を見て決めるなら、状況はなにも変わらない。


 価値観を押し付ける相手が大庭真夜から俺たちに変わっただけなのだ。結局のところ決めるのは蕗本人なのだ。


 このままじゃダメだ、これ以上ヒートアップさせても仕方ない。俺は三浦に目配せをし、お開きにした。


 ***

「なんか、すみません。優柔不断で」


 部屋に残った俺に蕗は情けない顔して頭を下げた。俺はその頭にそっと手を添えた。


「誰かに合わせる必要はないと思う。お前のいいと思う結論を出したらいい」


「それなんです。自分がいいと思う結論が何なのかわからないというか……師匠と話してる時は『もうこの勢いでいったれ!』になるんですけど、他の人が入ると『そこまでの温度じゃないんですけど』になって。ダメです、私」


「そんなモンじゃないのか、誰だって波風たてるのは怖いし、出来たら避けたい。でも、せっかく言ってくれてるからってのもある。少なくとも俺たちはお前を思って言ってるけど、言い方悪いかもだけど有難ありがた迷惑ってのもあるし、難しいよなぁ……」


 そう言ってふたりして蕗のベットサイドにもたれ、床にだらしなく伸びた。お互い考え過ぎてこれ以上頭が回らない状態に陥った。


 ここは俺たちもお開きにした方が良さげだ。

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