第34話 チョロいな
「暇かとはどういった意味なのでしょう? 確かに記念すべき第一回目のデートのはずが、あろうことか本命の元カノさんをサプライズ招集の挙句、その元カノさんと姿を消したっきり、今の今まで音沙汰ナシの現状を暇とお呼びになるなら、はい。確かにわたくしは大変暇をしておりました。やきもきしながら待つことが
やっぱ、怒ってるか。そんな気がしていた。
確かに、前置きなく
いや、でも俺のきめ細やかな気遣いの結果『このままじゃ、ヤベぇかも』になって急きょ帰るのをやめて
自分自身の危機管理能力を褒めてやりたい。
あのまま疲れたからと帰宅していたら、またケガして癒えないままの肘を弾かれていただろう。
「平さんの顔が見たくて」
「本当ですの? にわかに信じがたいですが……別れ話をして来いと伊勢さんに言われたのではありませんか?」
刺さるようなジト目。ジト目の最終形態と言ってもかまわないだろう。その視線からは疑う気持ちしか伝わってこない。
「そうは言うものの、せっかくお越し頂けたのも事実ですし、ようやくふたりになれたのです。ここは私が矛を収めましょう。ここでケンカをしたら女が
「お、思ってません!」
そんなには!
「どうして敬語なのです? 思ってますね? それとも私に言えないようなことを二人でなさったのですか?」
「なさってません! なさってはないですけど――」
「なんです、聞きますから言ってくださいな」
「いや、なんて言うか逆の立場だったらと思うと、悪かったなぁと。配慮に欠けたかなぁと思って」
「そうですか。そう仰って頂けるのでしたら信じますよ、私も鬼ではありませんので」
そう言ってマンションの外壁にもたれ掛る俺の手に軽く触れた。
考えてみたら、高校の聖女さまなんだ。聖女さまに心配を掛けた上に手に触れてもらえるなんて、実はすごいことなんだと思う。
だけど、そういう発想はきっと彼女は嫌いだろう。
「いや、出来たら聞いてほしいんだけど。平さん、門限とかはないの?」
「あの……それは恐らく気を使ってくださってるのですね。いえ、わたくし今一瞬嫌味かと思ってしまいました。はい、わたくしは伊勢さんのように実家から監視されるようなことはございませんよ。まぁ、心配を掛けるような事はしないというのと、どうしても自虐的になってしまうのですが、両親はわたくしに興味がないのです。なので、門限などの制限はありません。どうしたのです? 罪滅ぼしにわたくしをどこかにお連れ頂けるのですか?」
興味津々な顔で俺を覗き込んでくる。こうなると逆に言いにくいんだけど、もったいぶっても始まらない。
「うち、来る?」
「うち? その……信哉さんのご自宅ですか? ご家族はご旅行か何かですか? 留守中にお伺いしてもよろしいのでしょうか……遅い時間ですし」
「いや、いると思う。普通に」
「それって、もしやご両親に紹介して頂けるのですか⁉」
そんな大層な事ではないのだけど、小さく跳ねて喜んでる姿に水を差してもしょうがない。
「あの、わたくし大急ぎでお着換えを済ませて参ります、ほんの少しお待ち頂けませんか?」
「平さん」
「はい?」
「ほんの少しで済まない予感しかしない。どうせ今からクローゼットにあるワンピースを並べて、あーでもない、こーでもないをやる気だろ?」
「まぁ、何て憎い方! そ、それは仕方なくありませんか? 初めて信哉さんのご両親にお会いするのですから、ちゃんとしないとです!」
「ちなみに姉がひとりいる」
「お、お姉さま⁉ お姉さまがいらっしゃるなら、なおさらちゃんとです! ひ、ひとまず美容院に行って」
「いや、昼行ったトコだろ?」
「あっ……忘れてました!」
「それとも、日を改める? 急に言ったの俺だし」
「いえ! 絶対の、絶対に行きたいです! 10分で用意します! もし、間に合わないなら帰ってください! あと、麻呂どうしましょ?」
「あっ……」
俺がわが身を犠牲に助けた白猫の麻呂。まだまだ仔猫だ。置いて行くには気が引ける。
「でも、キャリーバッグないだろ? 逃げたらたいへんだから、今日は留守番させようか」
「そうですね、可哀そうですけど……あの、信哉さん」
「ん?」
「今度、今日の埋め合わせにキャリーバッグ選びに付き合ってくださいね。約束ですよ?」
俺はエントランスに向かう平さんの笑顔に手を上げて返事をした。平さんは約束事が好きだ。そのひとつひとつを大事にしていた。
実家を出てひとりの時間があまりに長すぎて、俺とする些細な約束さえ貴重な物なんだろう。あまりに純粋過ぎて、俺でいいのかと思う時もある。
ついこの間、俺は友奈を寝取られた。この辺は人によって解釈は様々だろうけど、寝取られとは最も純粋から遠い存在。
平さんと友奈は同じ高校で同じ学年、同じクラスだけど、こと純粋さにおいて同じ空気を吸ってるとは思えないくらいかけ離れた存在に思える。
とはいえ、心変わりすべてが悪い訳じゃない。単に俺に友奈の心変わりを理解する気がないだけなんだ。
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