第35話 あえて。

「意外でした。そう思ってたのです、始めは。でも今では『やっぱりなぁ』になったところです」


 息を弾ませ着替えて戻ったたいらさんが俺の隣に並んで歩き出し、呼吸が整ったところで口を開いた。


「何が『やっぱりなぁ』なんだ?『やっぱりなぁ、コイツ寝取られる程度の男だわ!』の『やっぱりなぁ』か?」


「相変わらずご自分に対しての自虐が辛辣しんらつ過ぎて、コメントにきゅうするのですが、まぁそういうところです」


「辛辣さにおいて今の平さんを越える人物が、この先俺の前に現れるとは思えないクラスの発言なんだけど……」


 ワザと苦い顔して見せたら、平さんは「ふふっ」と軽く、そうほんの少しだけ軽く腕に手を回してきた。


 見た感じ平さん的には手を握るより、こっちの方がハードルが低かったみたいだ。


 腕を組むというより、腕に手を回す。ほんのちょっと触れてるけど「触ってないです」と言い訳しそうな行動が、なんとも平さんらしい。


『私だって甘えたいのですからね』アピールがなんともかわいい。教室では決して見せない仕草が見れただけでも、来た値打ちがある。


 しかもいい感じに夜だし、夏だし、平さんノースリーブだし。緊張しない訳がない。


「それで、どういう意味? まさか、ほったらかしだったから仕返し的な?」


「ふふっ、どうでしょうか。わたくしはそれ程意地悪ではありませんよ? たまに、しつこくねるだけです」


 あっ、自覚あるんだね。でも、口ぶりから治す気なんてサラサラないんだ。いや、逆に治されたら平さんの魅力がひとつ失われてしまう。違うか。


 拗ねた平さんを見れる特権を失いたくない。今日1日、平さんを放ってはるかのことや、ふきのイメチェンに取り組んできたけど、離れていて思うのは平さんの事だった。


 それは平さんが高校の聖女さまだからではない。


 いや、聖女さまだった面以外を見る機会が出来て素の彼女が堪らなくかわいく感じてるし、埋め合わせと称してはいるけど、実際こんな時間から会いたかったのは俺の方なんだ。


 それを言うと三浦にドヤりそうなので言えない。


 三浦は三浦で中学3年間一緒だったので気心が知れてる。得難い存在なので、邪険じゃけんに扱いたくない。それは佐々木の従姉弟いとこだというからじゃない。


 そんな事を考えてたので、少し沈黙が流れた。だけど、平さんはその間も特に居心地が悪そうではなかった。


 この時間を楽しんでくれてる感じがして、平さんをこんな時間にも関わらず誘ってよかったと思う。こんな時間というがまだ20時にもなってないけど。


「わたくしが『やっぱりなぁ』と言ったのはですね、何ていえば伝わるのでしょうか。こういうのは言いたくないのですよ、女子的には。でも、言うのですよ? 


「えらくクギを刺しますが、俺いま説教されてますか?」


「そう、それです! まさにわたくし信哉しんやさんにお説教中なのですよ!」


「だから、今日のことはごめんて」


「今日のことではありません。あの場面、伊勢さんのこと。わたくしの顔色をうかがって、見て見ぬふりをなされたのなら……その時はそうですね、わたくし女冥利みょうりきるとか思ってたでしょうけど、後になって冷静に考えたら信哉さんのことを冷たいお人と考えていたでしょうね。誤解しないでくださいな、推奨すいしょう微塵みじんもしておりません。どんな言葉にすればよいのか……」


「結果オーライ?」


「まあ、なんて軽い言葉に。でも、その言葉通りですね『結果オーライ』なのです。寂しい時間を過ごしましたが、信哉さんが心配して来てくれた事を思えば『結果オーライ』です。でも、お説教はお説教で別です」


「えっ、もう家そこだけど?」


「鉄は熱いうちに打てと申します。ん……『おケツは熱いうちに蹴れ』でしたか?」


 口元を軽く押さえ平さんにしては珍しく声を上げて笑った。こういう普通の女の子を見せてくれるのはたまらなくうれしい。


「――でなに?」


北条きたじょうさんのことです。信哉さんともあろうお方が、存外ぞんがい見る目がなかったのですね。わかりませんでしたか、なびく人だと」


 呆れたような口調だが、口は『への字』だ。まぁまぁ、本気のダメ出しらしい。


 こういう時は言い訳をしたらよくないのはわかっていたが、俺もあえて言い訳をしてみる事にした。


「そんな事言ったって……」


「なんです、言い訳ですか? いいですよ、聞きましょう」


「いや、しょうがなくない? 同じ中学でそんなに絡みもなくてさ、高校でそんなに知った顔もない中で不安だしで、話すようになって帰りも一緒になったりで」


「それで、お付き合いしたと? 何とも軽率な。そこはちゃんと身辺調査をですね」


「しませんよ、庶民はお付き合いするくらいで身辺調査なんて、いや身辺調査はいかなる場合でもダメでしょ」


「だとしても! そんな事に挑む前にそれなりの観察をですね!」


 キッと口元を引き締めて俺の顔を睨むが、どうもこの辺りの誤解が解けてない。


「前に言わなかった? 友奈……北条きたじょうとは何にもなかったって。信用ないの?」


「聞きましたけど、教室でのあなたが机に突っ伏してる姿が何ていうか……あまりに印象的で。疑ってる訳ではないのですよ、でも何ていうか――」


釈然しゃくぜんとしない?」


「はい。何故なんですか? 好きだったから落ち込んだ、違いますか?」


 直球で来られた以上、答えないといけないよな。しかたないけど、今日はなんか目白押しだな。

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