第36話 恥辱の限り。

「平さんには落ち込んだように見えてたのかもだけど」


「はい」


「実は腹が立っていた」


「それは、好きだからではないのですか、やはり」


 このまま自宅に帰るのも何なので、近くの公園の入口で止まった。平さんが気まずそうな顔するけど、この顔をさせてるのはやっぱり俺のせいなんだ。


「好きだったのか、好きになろうとしてたのかわからん。正直覚えてない。ただ、数ヶ月一緒にいて他の誰かよりも仲よくなってたのは間違いない。だから腹が立った」


「それは独占欲からですか」


「いや、普通に『言えよ』にならない? いきなり和田を好きになったんじゃないだろ。なら、まで進む前に言えばよくない? 和田が好きだって」


「立ち入った事を聞きますが、なんて言われたのです? 北条きたじょうさんに」


「『私たち、だから』って」


「なんです、その人を人とも思わない発言は。それでですか、伊勢さんが北条さんの事を『』って称するのは」


 はるか友奈ゆうなも俺と同じ中学。俺と友奈は顔見知り程度だったが、遥はそれなりに知ってたのだろう。


 いま思えば、友奈的には遥と付き合っていた俺と付き合うことで、遥に何らかの優越感を感じたかったのかも知れない。


 もし、そうならなるほど友奈は小物だ。遥と別れた俺と付き合ったところで、遥より優位に立てる訳じゃない。ただ、遥限定でドヤれるかも知れないが。


「そんな小物にあなたは落ち込んでるのですか、はっきり言ってバカみたいです」


「そうは言いますが、この歳で『寝取られた男』のレッテルは中々のビックタイトルだぞ? クラスはもちろん学校中で知らないヤツはいない程に」


「確かに、そういうのにうといわたくしですら知って……お待ちください。わかりました、ウワサです! そうです、私が信哉さんの言葉を鵜吞うのみに出来ないのは、ウワサ話を聞いたからです!」


「俺のウワサ話なんて珍しくもない、誰だって知ってる。佐々木くらいだろ、そのウワサに関わらないようにしてたヤツは」


「それはそうかも知れません。少し、敵にを送りますが三浦さんたちもしてませんでした」


 三浦は敵なのね。しかも『お塩』なのね、相変わらず上品だわ。


「それで、何が引っ掛かる? ウワサ話」


「それが……北条さんご本人がされてたのです」


「ははっ、アイツぶっとばすぞ! それでなに?」


「その……私たちがこうなる前の話です、偶然トイレで……立ち聞きをした訳ではないのです! その、内容が内容なだけに個室から出られなかったと申しましょうか……」


「くわしく」


「怒ってますか? 怒ってますよね? えっと、わたくしにですか? あの、目が怖いですから!」


 俺はここで初めて友奈によるとんでもない作り話がウワサとして流されてる事実を知った。


 ***

「つまりですね、その……信哉さんにをしたのは自分だと。そののは自分だと」


 目を背けながらしどろもどろに口を割った平さんと俺との関係は、まさに刑事と取り調べを受けてる容疑者だ。


 しかし、その内容たるや筆舌ひつぜつくしがたいというが、まさにそれだ。


 噓八百というが、八千の間違いじゃないのか。盛り過ぎというか、原型ないですが?


「どう思う?」


「どうなのです? 質問を質問でお返しするのは心苦しいのですが、お付き合いしたのも信哉しんやさんが初めてでして、そのキャパシティーを軽く越えてしまった内容ですので、どこからどうご質問したら失礼に当たらないかさえわからない始末でして」


 申し訳なさそうな顔してシュンとするが、平さんが悪いんじゃない。


 いや、友奈ってそんなヤツなの? 正直見る目ないと言われてもしょうがない気さえしてきた。


「どうやったら、全部手ほどき出来るんだ?」


「えっと……そうですね、なんていうかとか、ですかね? ごめんなさい、正直言いますと北条さんたちの会話の2割もわかりませんでしたが、信哉さんが北条さんにしてたのはわかりました!」


「いや、後半元気だな? じゃないよ! いや、言ってる事はそれで正しいけど!」


「でしょ? わたくしも捨てたもんじゃないのですから!」


 いや、そこ威張るとこなのか? そんな胸を張られたら目のやり場に困るんだけど……いや、じゃない! そんな場合じゃない! 今そこじゃない! 俺は深く深く深呼吸をした。


「ここからはトップシークレットなんだけど、いい?」


「はい、わたくし見ての通り口が硬いです。家族ですら話す相手がいませんので」


「いま、その自虐ネタ絶対いらないよね。まぁ、いいけど。ここだけの話なんだけど、俺実は童貞なんだけど」


「あっ、わたくしもです……って、なんでメモ取るかな! こ、高1ですよ? 普通でしょ、普通!」


 脱線するが、そんな自分が普通。自分が標準。我こそがスタンダードだと言わんばかりの平さんに、俺はスマホで『全国高校生の経験年齢』を検索し、その温い日常に鉄槌てっついを下した。


「いや、ないない! ないですって! だって、高1ですよ? そんなまだまだ子供じゃないですか? そういうネットに氾濫はんらんする情報をですね、鵜呑うのみにして青い性の……信哉さん、どうしましょ⁉ 大変です! なんか、乗り遅れた感じが半端なくします! ここはふたりで――あっ、痛っ⁉」


 お嬢さまの平さんには悪いが、彼女が受けた人生最初のデコピンは俺の物だ。


 これもひとつの初体験だ。俺の捨て身のデコピンで冷静になった平さんが珍しく舌打ちをした。初めて聞いた。そして言い放った。


「ふふっ、北条きたじょうさん。わたくしの信哉さんに何たる恥辱ちじょくの限りを。許しませんよ『復讐ふくしゅうするは我にあり』です」


「復讐もいいが、そろそろうち来ない? 待ってると思うし」


 鼻息を荒くした平さんをなだめ、家に向かうことにした。

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