第37話 看板に泥。

奈海なみちゃん~~たいへん~~信ちゃんが友達連れてくるって言ってたけど、女の子だった~~」


 いつもながらおっとりと間延びした母さんの声に俺たちは出迎えられた。平さんは見えないところで俺の背中をツンツンする。


 きっと「ちゃんと言っておいてくださらないと、困ります」みたいな苦情だろう。俺クラスになると平さんの「背中ツンツン」だけで何が言いたいか、だいたいの見当が付く。


 このクラスにたどり着くにはそれなりにジト目をされたり、生傷を攻撃されたりと数多あまたな試練を乗り越えないと辿り着けないいただきなのだ。


「そうなの~~のじゃないでしょうね……あっ、ごめんなさい! もうおかえりだったんだ信ちゃん」


 ひとつ上の姉奈海なみ。同じ高校に通う。この会話でわかると思うが俺が寝取られたことも知っている。


 実際こういうのは姉ちゃんにだけは知られたくない事実でもある。ちなみに姉ちゃんは――


「えっ、まさか……か、会長ですか⁉ その、信哉さん‼ 源ってお姉さんなのですか⁉ 教えてくださらないと……初めまして、その……わたくしたいら華音かのんと申します。信哉さん……源君のその……クラスメイト――」


「待って! ちょ、待ってね、たいらさん! お母さん‼ たいへんだ! 聖女さまだ! 前に言ったでしょ? 信哉の学年に聖女さまがいるって!」


「姉ちゃん、その呼び方はNGなんだけど。後で殴られるの俺なんだけど?」


「し、信哉さん⁉ 何を仰いますやら。わたくしいつ、信哉さんにそのような行為しました?」


 怖ぇ……距離近い。いつもは黒目がちな目が見開かれて三白眼になってる。


 しかし、平さんにとって幸いなのは我が家に聖女さまが舞い降りたせいで、軽くパニくった姉ちゃんは何も聞いてない。


 それどころか軽く放心状態。ようやく我に返った姉ちゃんは慌ててリビングにいる父さんを呼びに走った。


「お父さん、たいへん! 驚天きょうてん動地どうちとはこのことよ!」


 たいへん失礼な事を叫びながら、高校ではクール系を気取ってる姉ちゃんの薄っぺらいつらの皮ががれた。


 姉源奈海が俺たちが通う高校の「クール系生徒会長」だったと今知った平さんもそれなに混乱して、それどころではなかった。


 そうこうしている間に父さんが姉ちゃんに引きずられるように玄関に現れた。


 こうして、狭い玄関に源家の面々と平さんが顔を合わせることとなった。


 ***

 リビングで一通りの挨拶を終え、俺と平さん、あとなんでか姉ちゃんが俺の部屋にいた。


 もう我が物顔で「汚いところだけど、どうぞ」とか「ごめんね、足の踏み場もないでしょ」とか言いたい放題だ。


「しっかし、信ちゃん。言いなさいよね、女の子って。しかも平さんを連れてくるなんて誰も思わないじゃないの」


「すみません、こんな時間にいきなり押しかけまして」


「いいの、いいの。全然気にしないで。この子大事なことは何にも言わないでしょ?」


「それは……そうですね」


「でしょ? なんか気に入らなかったら、いつでも言ってね? 家では姉権限で、学校では生徒会長権限で息の根を止めたげるね(笑)」


「はい、その時はよろしくお願いします」


「あら、言うわね。信ちゃん、華音ちゃんて面白い娘ね?」


「おい、いきなり『華音ちゃん』かよ、それよりいいのか?『クール系生徒会長』の化けの皮ががれ落ちてるけど?」


「何言ってんの『彼女を寝取られる弟持つ姉ってどんな気分』とかいじられまくりよ、ホント……あっ、このへんの会話セーフな感じ?」


「バカだろ、アウトに決まってるだろ! 俺に対して!」


「いや、信哉のことはどうでもいいの! いや、もしなんにも知らなくてさ『聖女さま』の看板に泥を塗るなんて事になんないか、姉的には心配」


 俺の存在は泥なのね。覚えてろよ、こっそり冷蔵庫のプリン食べてやるからな。あと少しは弟の心配もして。


「えっと、その事は知ってます。その……はい、ご心配いただきありがとうございます。その……私の方からお付き合いしてほしいくらいですのでご心配なく」


 聞いたか? お姉さま? 何回放心状態になってるんだ。なにわなわな震えてるかな、一応クール系生徒会長だろ? 


 平さんの看板気にする前に自分の看板気にしろよ。


「でも、華音ちゃん。なんかありがとね。その、弟だからどうしても贔屓ひいき目になるけど、いい子なの。不愛想だけど。に遭っていい子じゃないの。だから、もしよかったら仲よくしてあげてね」


「はい、それはもう……喜んで」


「あとね、この子お姉ちゃんのお風呂覗いたりしないから安心してね(笑)」


 台無しだよ! いい感じに姉してただろ? ほら見ろ、平さんリアクションに困ってるじゃないか! 


 俺、別に世間から姉ちゃんの風呂覗いてるみたいにみられてないからな! そう言い残して姉ちゃんは部屋を後にした。しかし、そんなあっさりした姉ではない。


「そうそう、華音ちゃん。さっき聞いたけどひとり暮らしなんでしょ。今日はもう遅いからお泊りしていきなよ。お母さんも言ってるし」


「「えっ?」」


「なに見つめ合ってるの、当たり前だけど別の部屋よ! 信哉はちゃんと私が責任をもって監視するからね!」


 えっ、なに? それって俺は姉ちゃんと寝るの? 普通に嫌なんだけど……しかし、そうそう簡単にお泊りデートが成立する訳がなかった。

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