第18話 ちょっと、なに言ってるかわかんない。

 昼休み。食堂裏のテニスコート脇にあるプールの壁にもたれ、ストレッチを始めた海野うんのさん改めふきを見ていた。


 別に下の名前で呼ぶのは問題ないが、ふたりの反応が微妙に気になる。この際全員下の名前で呼ぶか。


 いや、百歩譲って三浦はいいとして、平さんは高校で聖女さまのふたつ名を持つ女子。


 その女子を下の名前で呼ぶのは危険だ。もちろん俺の命が。


 華音かのんさまとかにするか? いや、確実に平さんからにらみ返される。こんなことなら親しみを込めて『マロ』呼びを定着させとけばよかった。


 残念ながら『麻呂マロ』は保護した仔猫のものになった。マロ眉の平さんが麻呂を飼うことになったのだ。縁とはわからないものだ。


ふきさぁ、お前なんかしてたの、スポーツ」


「何でですか?」


「いや、なんかストレッチが板についてるっていうか、ふきって体柔らかいのな」


「そうですか? それはいいんですけど、いや自分が要求しておいてなんなんですけど、もう少し緊張しながら呼びませんか、下の名前。れるとか。もう親戚のおじさんに近い気軽さで呼ばれても……いや、抜群の安心感はあるちゅーたらありますけど、せめて親戚のお兄ちゃんくらいにしてください。これでも女子なんです。下の名前を男子に呼ばれて、ときめきたいじゃないですか」


「何言ってんだ、親せきのおじさんならお年玉くれんだぞ。こう見えて俺は将来有望なおじさんになると思うんだ」


「いや、私お年玉欲しさに親せきのおじさん量産したくないです。って言いますか前から感じてた事なのですが、源君ってなんでこんなに話がそれるんです? 気のせいか、会話のほとんどが雑談になってますけど。私の体が柔らかいって話はもういいんですか?」


「それな、そうそう。なんかスポーツしてるのって話か、おじさん覚えてるよ、うん」


「ほら、本物のおじさんになってるじゃないですか。でも、ホントに覚えてましたか? 極めて怪しいですけど。まぁ、いいです。私ですね、こう見えてありとあらゆる格闘技を習得済なのです! で!」


 ドテッ。


「通信教育? それって大丈夫なの?」


「そうおっしゃいますが、最近の通信教育の格闘技は馬鹿に出来ませんよ! テキストと動画による懇切こんせつ丁寧ていねいな指導! わからないところがあれば、チャット形式で質問もでき、アフターフォローも万全なんです! ありとあらゆる格闘技を通信教育で習得した私には、バトルマスターの名が相応しいと思います!」


 出会ってこのかた一番いい顔してるけど。いや、たのみもしてないけど、なんか格闘技っぽい形を始めたが。ん……なんか思ったより本格的。


 かかと落としなんて、もはや格ゲークラスなんだが。


 からだ相当柔らかくなかったら、ここまで真っすぐ足を振り上げられんだろう。通信教育って聞いた時、甘く見たが何ごとも真剣に取り組んだらここまで出来るっていう、お手本みたいだ。


 女子とはいえ勝てる気がまるでしない。カッコよささえ感じる。実際戦ったとして相当強いはず。本来ならクラスの女子に舐められる、舐められていいタイプじゃない。


 残念だけど、育ちの良さ、性格の良さというか優しさがアダになっているとしか言いようがない。それを認めてくれるヤツとだけ、つるめばいいのだけど現状はそうもいかないようだ。


『1-B』のことはよく知らないが、少し行っただけでも感じた。蕗を軽くみている空気。この空気を根本変えるのは難しい。


 それに本人が力での解決を望んでない。そうは言うものの、実際は力を示すのが一番の近道だ。こういう、前に出ない奴らは追い払ってもまた現れる。主犯がいない集団は対処が難しい。


 その他大勢なので簡単に口裏を合わせる。多数決社会。民主主義の弊害とでも言おうか。


 それらしいヤツを引っ張り出して、締め上げて見せしめにするのが簡単でいいのだけど。


 それに蕗は俺にだけ内弁慶と申しましょうか、目の前では言いたいことを言い、やりたいようにする。だから、問題点が見えにくい部分がある。


 多少のイメチェンだけでは佐々木が希望する、踏みこんだ解決にはつながらない気がする。


「いま、考えてませんか?『俺が行ってぶっ飛ばしてやろうか』って。ダメですよ、そういうのはですね、結局表面的な解決にしかなりません。第一、源君が悪く言われるじゃないですか。ただでさえ、寝取られたのに聖女さまと付き合うなんてV字回復した上に、佐々木君のお気に入りで、しかも読モの三浦さんすらラブなんて。私が男子ならシネって思いますよ」


 軽く息を弾ませ戻って来たふきは、これまた軽口を叩く。


「ぶっ飛ばさないまでも、俺の口から」


 そう言うと蕗は人差し指で俺の口をふさいだ。


「待ちも必要です。いまという劇薬が投与された訳です、B組は。幸い佐々木君の配慮はいりょで、源君が動いてくれたので状況はゆるやかな変化にとどまってます。ここは経過観察をしてですね、状況の変化に対応していくべきです。寝た子を起こす必要はありません」


「そんなもんか? ここは一気にたたみ掛けるみたいな……」


「それもアリだと思いますが、らしませんか?」


「蕗のえっち」


「はい、私えっちですよ。ちなみにえっちなヒミツは守りますよ? ほら、バカ話してる間に状況が動きました。ここからは私に任せてください」


 そう言って蕗は髪を整えプールの壁にもたれてる俺に体を近づける。


「蕗……さん。近くないですか? 近いですよね? えっちだからですか、えっちだからですよね!」


 急接近してうろたえる俺をうるんだ目で見つめ、俺にだけわかるように小さくあごを動かした。動かした先には……


 女子。いや。元カノつまりこの場合の元カノとは、北条きたじょう友奈ゆうなを指す。


「なんで?」


「なんでって、掛ったんですよ。源君が仕掛けた罠に。流石です。佐々木君が見込んだだけの人です。平さんと付き合い始めた情報を意図的に流した上で、敵を混乱させお昼休み、接触しやすいように私とふたりで人目に付かないテニスコート裏に来たんですよね。完璧な策略ですよ。尊敬です!」


 蕗は俺の手を胸の前で握りしめて熱い視線を俺に送る。


 ん……作戦? 策略? 罠? なに言ってるか全然わかんないですが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る