第17話 全然等価交換じゃないんだが。

「今日は三つ編みじゃないんだな」


 海野うんのさん相手に真剣に愚痴を聞いてもらうつもりじゃない。遥と突然の再会を果たした翌日くらいおセンチなのは仕方ない。


 ふたりに隠し続けるつもりはないけど、いま説明する気分じゃない。そんなわけで、海野さんはいい隠れみの的存在。隠れ家的カフェ扱いだ。そう考えたらちょっとおしゃれ。


 少し落ち着いて、ようやく周りを見る余裕が出来た俺は、海野さんの髪型がきのうと違うのに気付いた。


「今朝はちょっと時間なかったんです。知ってますか、三つ編みって案外時間掛るんです。左右のバランス悪いとか、やり直したりで」


「それで今日はおさげなんだ」


「そうなんですけど、これはこれで面倒なんですから」


「女子はたいへんだな」


「ん……いま偶然なんですけど、意味は合ってます」


「意味が合う?」


「源君は女子の髪がたいへんなんだと思ったんでしょうけど、私は女子が髪形を変えた理由を勝手に詮索せんさくされるのが、たいへんだと言ったんです。朝寝過ごして時間ないから簡単にまとめただけなんですが、女子は深堀するんです。もちろん一部ですけど」


「髪形を変えた理由があると」


「はい、正解。要は髪型を変えたのは、源君に色目使ってる感じらしいです。私ったら、知らない間に色気づいてるんだって」


「そうなの?」


「はい。実際は違いますよ。だいたい、聖女さまの平さんと読モの三浦さんと仲よしの源君に、私が入り込む余地あるワケないじゃないですか。そう思いません? ちょっと考えたらわかると思うのですが」


「どうかなぁ」


 曖昧あいまいな返事をしたのは、眼鏡を外した海野さんの横顔。眼鏡と三つ編みで地味な印象をだったが、意外にと言えば失礼だが美形。肌もきめが細かくきれいだ。


 いや、きのうから、もしかしたらそうじゃないかと思っていた。眼鏡越しに見える瞳は黒目勝ちで、切れ長。


 言葉遣いは育ちの良さから丁寧だけど、自信がないようには見えない。


 恐らく周りは眼鏡だし、三つ編みだし、言葉使いが丁寧だから気が弱いと、軽く見て、挨拶を返さなくてもいいだろうと勝手な解釈をしたのだろう。


 俺には割とハッキリ物を言うのに、と考えて急に納得した。この娘は理解されたいヤツ以外には理解されなくていいや、みたいなとこがあるのだと。


 そういう内面を持ちながら育ちが良いものだから、人のちょっとした要求を受けてしまう。


 周りからは、便利に使っていい娘になっているヤツに挨拶は返さない。いや、便利に使って下に見てるヤツが挨拶をやめたら、生意気だと感じる。


 ちょうど、いまこんな感じか。


「ネタバレしていい?」


「源君が寝取られたことなら知ってますが」


「あのさ、俺から寝取られネタ取ったら笑うトコないからな。次から気をつけろよな」


「すみません、そんなデリケートな問題とはつゆ知らず。冗談はさておき、なにのネタバレなんです?」


「明日、あさってで海野さんをイメチェンしようと思ってる」


「イメチェンですか。そんなんで変わりますかね、周りの反応が」


「変わりたくない?」


「別にこのスタイル嫌いじゃないですけど、源君の意見もわからなくもないです。第一印象が大事ってヤツでしょ。でも、もう夏ですよ。高校デビューには遅いでしょ」


「なに言ってる。俺たちの夏は始まったばかりじゃないか!」


「うわっ……無理やりそんな青春に極振りされても……私だから忠告しますが『っていうか、お前寝取られたし』って陰で言われますよ? まぁ、モブの私に言われたくないでしょうけど」


「そういうの直接言ってくるヤツとだけ仲よくしたらいいと思う。その逆で今みたいなの言う気になるヤツだけと仲よくしたらいい」


「正論なんですけど、それがいなかったらどうします? モブですから私」


「俺には言ったろ?」


「確かに。でも、平さんとか三浦さんとか嫌でしょ、彼氏にモブ友なんていたら」


「なにってんだ。モブは観測された時点でモブじゃないんだぞ?」


「なんです、そのシュレーディンガーの猫みたいな理論。それにモブは否定して欲しいです、自虐はそれなりに傷つきますし」


「ふっ、まだまだ甘いな。俺の目指す自虐道はこんなもんじゃないぞ。自虐とは即ち、寝取られてから始まるんだ!」


「ははっ……まったく共感出来ねぇ~~まぁ、いいですけど。ときにイメチェンってなにするんですか?」


「イメチェンはイメチェン。全身俺がプロデュースする! 今日から俺を源Pと呼べ!」


「えっ、普通に嫌です。呼び方は普通でお願いします。イメチェンは……まぁ、私が頼んだことなんで。髪切るのはいいですけど、坊主とかは拒否権を発動します! あと、鼻ピアスとか、なんかわからないチェーンをじゃらじゃらとかスカートの裏地がドラゴンとか。それとへそピアスもNGです」


「乳首は?」


「なんでへそがダメなのに乳首がいいんです? あれですよね、私に乳首って言わせたいだけですよね。源君ってちょいちょいオヤジですよね。源君が望むならいつでも乳首くらい言ってあげますよ、でも源君にだけなんだからね、勘違いしないでよね! こういうの好きでしょ?」


たしなむ程度には……あと、ごめん。俺が海野さんに乳首って言わせたの平さんには内緒で。あの子さ、ああ見えて意外とテーゼ級に残酷な天使でりむいたひじを指ではじくんだよ、そういうの女子に言うと」


 海野さんはきょとんとした顔した。聖女さまと名高い平華音かのんがそんなことするとは思いもしなかったのだろう。


 すると少し悪い顔した海野さんは俺に詰め寄る。


「これって、ヒミツの共有ってヤツですよね。もしそうなら、見返りが必要だと思いません? 思いますよね、じゃないと源君ったらもしかして、平さんだけじゃなくて三浦さんにもひじやられますよ?」


 平さんが残酷と言ったが、三浦はどうだ? 無慈悲じゃないか、あの女。中学3年間のアイツを思い出せ。告って来た男を何人なぎ倒した。思い出して俺の背中に嫌な汗が流れた。


「何が望みだ?」


「簡単です。私、海野うんのふきっていいます。フルネーム。かわいいでしょ? 私気に入ってます。これから未来永劫えいごうふきって呼んでください。もちのろんで、敬称略でお願いしますね、源君」


 おいおい、これじゃひじピーンの方が軽くないか? 肘、グーで殴られるだろ、これ。

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