第16話 後付けの言い訳。

「わ、私のことはいいの。どうせ妄想だし、細部とかわかんないし……もしよかったら今度モデル……あっ、痛っ! なんで叩くの? 芸術だよ、芸術! エロい目で見ないから! ちょっとだけしか!」


「いや、絶対見るだろエロい目で。逆ならどうなんだ、絶対セクハラだろ? あと、細部とか言うな! どこまで見る気だ」


。いい? 芸術にセクハラの概念はないから。創作者が芸術と言い切ればエロもまた芸術なの。信哉君が恥ずかしいなら、描く時私も脱ぐ」


 こじらせてんなコイツ。まぁ、あそこまでガチな毒親なら仕方ないか。お陰で俺の芽生えかけたセンチメンタルも蒸発した。


 なんで描く方も描かれる方も裸なんだ。おかしいだろ、根本が。どうせなら他にすることないか? 自主規制でこれ以上触れないが。


「あのね、精神衛生上悪いから聞きかけたこと聞きたい。北条とは、した?」


「してない。全然そんな関係じゃない。学校行く時一緒に行って帰る時一緒に帰る。寝る前に電話したりとか。元カノとは名ばかり。手も握ってない。別に大事に取っておいた訳とかじゃないし、冷静に分析したら仲のいいクラスメイト。過去とはいえ、関係ないよな」


 本当は最後の言葉「関係ないよな」の前に「お前には」が付いた。


 その言葉は遥に言ったというより自分に言い聞かせた。親をあんなふうに巻き込まないといけない恋愛なんて、恋愛じゃない。


 息子を下に見られる関係なんて母親からしたら拷問だ。


 いくら好きでも、そんな関係成立しない。わざわざ悲劇の舞台に上がる必要なんてない。


 それはわかっているつもりなんだけど……


 儀式という形で遥との関係を続けたい自分がいる。


 友達、いや、知り合いとしてでもいい。関係を続けたい気持ちが今でもある。時間が解決してくれるなんてこと、たぶんない。でも、今まで以上の悲劇は勘弁だし、正直お腹いっぱいだ。


 だから。不完全燃焼で終らせた恋を別の形でそっと終わらせたい。


 それには時間を掛けた納得がお互いに必要。俺はこの後付けの言い訳にすがることにした。


「ここでいいよ。親に見つかったらまた信哉君のお母さんに迷惑掛けるし」


「ホントそれな。だけど、別にお前が悪い訳じゃないからな。続いてるのか、そのスマホチェック」


「前よりは緩やかだけどね、女子高だし。でも、続いてる。だからごめん連絡取れない。番号も新しいし、アドレス帳も削除されて信哉君の番号わからない。三浦に聞くの我慢してる」


 一目でわかる伊勢家の豪邸から少し離れた場所で、また遥は思い出してボロボロと泣く。指先は俺の半袖のカッターシャツの袖を握って離さない。


 冗談じゃなく、もう会えない可能性だってある。


「あさっての土曜、時間大丈夫なんだな?」


「うん、女子と会うってことで。アンディの店?」


「そう、それまで勝手に髪切るなよ。お嬢さまの前髪がガタガタなんて変だろ」


「別に好きな人を好きでいられるなら、私お嬢さまなんていつでもやめたい」


「もう行け。遅くなったらマズいし。あさっての土曜、駅前に10時。待ってる」


 そう言って俺はかばんにあったタオルで遥のくしゃくしゃになった顔を雑に拭いた。そのタオルはそのまま遥に預けた。


 こんなモンでも気を紛らわすことが出来るなら。


 俺はその夜遅くまで遥の事を考えていた。一体俺は何がしたいんだろう。したいことがハッキリしないまま巻き込んだら、混乱させ傷つけてしまうかも。


 そう思うけど、この文明社会のなか、俺たちに許された連絡手段は見当たらない。遥が通う上総女子は超お嬢さま校。きっと送迎されているだろう。


 今日偶然出会えたのは、遥が美術予備校の帰りだったから。財布の現金はわずか。代わりにクレカを持たされている。


 これはお金の使用用途を管理されていると考えていい。確証はないけど、まだ俺のことを警戒しているのかも。


 平さんといい、遥といい、お嬢さまの管理はクレカの履歴に任せるのはどうなんだ?


 息苦しい。人目を避けて俺の家にあげたら、両親を巻き込むし。ホント、マジで息苦しい。


 そんな事を考えていたせいで、昨夜の眠りは最悪なくらい浅かった。眠りが浅かったせいばかりじゃないが、今朝の俺のたいらさんに対しての態度は微妙だ。


 後ろめたい思いもあるし、誰かに聞いてほしい気持ちはあるが平さんは平さんで、俺の女子の交友関係に対して思うところがあるだろう。


 そんな平さんに遥の事で暗い顔してるとは思われたくない。


 じゃあ、三浦かとはならない。平さんに言えないことを三浦に言えば、これはこれで問題視されるだろうし、三浦は遥との関係がある。うかつなこと言えない。


 一応ファミリーの儀式をした手前、佐々木には報告したが勘のいい佐々木は、俺の口ぶりで昔の女子関係だと気付いたのか、多くは聞かれなかった。


 注文も出されなかった。ただ「源のしたいようにすればいい」とだけ。


 ***

「それはいいんですけど、それで私なんですか? 愚痴のはけ口は。別にいいちゅうたら、いいんですけど」


 あきれ顔で食堂裏のプールの壁にもたれ、俺のおごりのイチゴオーレをちゅーうといわせながらジト目をするのはB組の海野さん。


 愚痴を聞いてもらうのだから、ジュースくらいはおごらないと。いや、別に愚痴を聞いてほしいワケじゃない。そっとしておいて欲しい。


 考える時間が欲しい。その為には平さんと三浦から距離を取りたい。故に海野さんの相談に乗ってるていにしたかった。いや、これまた後付けの言い訳だ。

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