第15話 俺はコンビニでは売ってない。

 今更感を感じながら、俺は思う。


 俺が世界で1番逢いたいと願っている女子は伊勢遥。もしかしたらこの先も変わらないかも知れない。初恋。だったかもわからない。


 覚えてない。恋に発展する前に伊勢遥の家族が総出で反対した。大事な伊勢家の才能を彼らから見たら凡庸な男子に邪魔されたくない、こんな感じだったと思う。


 ウチにも乗り込まれた。やんわりした口調だったが娘の邪魔をしないで欲しい。こんな事を言われていい気分の親はいないだろう。


 たちまち家同士が敵のようになっていった。隠れて会おうとしてもお互いの親の監視の目が光った。まぁ、ウチの場合は俺が傷つくのを恐れてのことだったと思う。


 だから、俺は心配そうな母さんの目を知らん顔出来なかった。言い訳だ。それでも立ち向かうだけの勇気も力もアイデアも何もかも足りなかった。だから終った。


 ちゃんとした終わりも告げないで、ただなんとなく俺は遥との関係を諦めた。だから、そうなんだ。今更感が半端ない。


「泣くんだ」


 俺はそんな言葉で茶化した。いや、お茶をにごした。遥の泣いた所は見たことがある。


 だけど、それは絵をうまく描けない時の悔し涙だったり、感情が溢れだしたときの涙で、どれも絵からみ。人に対して、さみしいとか辛いとかそういう涙は初めてだった。


「泣くよ、なんだと思ってんの。毎晩泣いて過ごしてきた。わかってる、自分の、自分のせいだって!」


 今更だ。ホント、今更だ。今更だけど遥の言葉が胸に刺さる。手を伸ばせば届く距離にいるけど、その先はどうなる。


 こいつの親は俺にとっては単にクソで、こいつ自身にとっては毒親にしか見えない。人の親に対しての発言としては最低だけど。


「そういう感情が燃料になるんだろ、絵描きとかクリエイターって」


「苦しいだけ。今の苦しさ乗り越えても次の苦しさがやってくる。潮の満ち引きと変わんないよ。そんな頻繁ひんぱんに救いがないんだよ? 信哉君がいない日常なんて。手、握りたい。だめ?」


「だめじゃないけど、おすすめ出来ない。それはアレだ、エナドリみたいなもん。その一瞬はカフェインと糖分でどうにか出来るけど、残念。俺はコンビニで売ってない」


「なによ、最近のコンビニ品揃え悪いんだから。定期便は?」


「俺が置き配されたらお前の親どんな顔すんだろな」


「言えてる。ごめん、最悪な親で」


 そうは言うが、遥の親にとって最悪なのは普通に俺であって、俺が遥の芸術活動を支えれる程の資産家なら扱いは違うだろう。断っておくが俺の親のせいじゃない。


 彼女の両親家族は彼女の才能をこころから愛してる。だから……


 この話はもうやめよう、出口のない迷路は楽しくない。


「お前、相変わらず自分で髪切ってんの? 中学時代の天女さまはどこに行った?」


「さあ、死んだんじゃない? 信哉君と会わないんなら、かわいくしてもしかたない。それに美容院とかめんどいし、女子高だし。美術科は変人しかいないから目立たない。変人だけじゃないよ、狂人もいるんだから」


「なんの自慢だ。鼻水ぐらい拭けよ。かわいいのに、ったく」


「作戦。わかんない? 鼻拭いてもらうのと、かわいいっていって貰うための。庇護ひご欲そそるでしょ? 最悪なんだよ、私」


 6歳児にしか見えない笑顔がホント今更ながら、俺の胸をかきむしる。やめて欲しい。俺はドМじゃない。恋に障害なんて求めない。


 出来ても相手の寂しさを紛らわす程度が俺の限界値。いや、それも自分に対する過信。本当は平坦な道。もしくは少しスロープしてる下り坂くらいが俺にはちょうどいい。


 なのにどうしてか繰り返してしまう。俺には平さんも三浦もいる。なのになぜ。俺は軽く唇をんだ。


「儀式をしよう」


「儀式? 宗教かなにか? あっ、UFO呼ぶんでしょ?」


「違う。助けて欲しいんだろ。手を差し出せ」


「手? こう……あっ、手だ。信哉君の手……」


 どうしてなんだろう。こんなに誰かを思って、ボロボロ涙が流れるのに一緒にいられないんだ。世界の誰も悲恋なんて求めてない。


 そこまでして夢って見ないとなのか、追いかけないとなのか。その夢は本当にはるかの夢なのか? 家族の夢の代弁者になってないか。


 恋焦がれたところで叶うとは限らない夢を俺は見れない。だからか、俺とは住む世界が違うし……俺との時間は無駄なんだ。


 それでも、俺は差し出された遥の手を握り返して、彼女を救うことにした。平さんも三浦も俺を見てくれているのに。


「ごめんね、散々泣いたよね私ったら」


「鼻水垂らすほどな」


「いつからそんな皮肉家になったの。北条のせいね」


「そうかもな。でも、どうでもよくないか」


「そうね、北条の話題で時間くなんてバカみたい。それでどうやって私を救ってくれるの」


「そうだな、とりあえず髪型からだな」


「なにそれ、どうせアンディでしょ? 救いの手、地味過ぎん? バイクで連れ去るとか、駆け落ちとか」


「所持金420円女子が言うか。あと免許もないからな」


「いいじゃん、牛丼半分こでしのごうよ。ふたりの戦いはここから始まるみたいな? ふぅ……ごめんね。言える立場じゃないんだけど、なんていうか昔を思い出すっていうか。あの頃はよかったなぁ、みたいな」


「お前、何歳?」


「ほんとそれ。でもね、逢いたいのさえ伝えれないのって苦しいよ。誰かさんは新しい恋を始めてたみたいだけど」


「寝取られたけどな」


「その、聞きにくいんだけど。したの? 全部?」


「こういう話するんだ。っていうか、絵描く以外に興味というか、知識あったんだ」


「えらい言われようね、知ってるわよ。少しくらいならエッチな事も」


 ホントだろうか。ハンバーガーショップを出て夜道を歩く。街灯があまりない道でも顔が真っ赤なのがわかる。


「ちなみに、お前のいうエッチなことって?」


「笑わない?」


「努力する」


「笑う気満々。いいけど。そうね、うん。泣きながら信哉君のデッサンしたり……うわっ、言葉にしたら我ながら怖いね」


「そうなんだ。ちなみに?」


「エッチなって言ったでしょ、裸に決まってるでしょ。見たことないから妄想だけど。うぅ……私久しぶりに会ってなにカミングアウトしてんだろ。変態じゃない、嫌われる、いやこれ以上嫌われることないか」


 なに安心してるの? えっ、妄想でお前俺の全裸描いてるの? こじらせる方向性すら常人離れしてるなぁ、流石芸術家のたまご。


 いや、このたまご孵化ふかさせたらヤバくないか。

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