第14話 季節が変えたもの。

 ***

たいら華音かのん視点)


 翌日の昼休み。屋上。


 私、平華音はながら三浦みなみを屋上に呼び出していた。


「なに、こんなとこに呼び出して。決闘でもするの?」


 なんなの。この血の気の多い金髪ハーフは。そんなに血の気が多いならまず献血に連れて行って社会貢献させようかしら。


 私はこころの中で大きく大きく溜息をついた。緊急でもない限りふたりで会うなんてこっちからお断りですが、背に腹は変えられません。


「源君のことですが、きのう別れてから変なのです」


、ラッキ~~」


 ピキッ……ヤダ、私ったら。血管が切れそう。


「真面目に聞く気ないのですか? 別れるわけないですよね。それとも源君の異変に気付かないのですか?」


「いや、それは気付いてる。なんかぼーっとしてるね。まさかB組の海野さんが理由とか」


「最初はそう思ったのですが、きのう帰り道で中学の同級生に出会ったらしいのです」


「中学の? それで私か。誰と会ったか言ってた?」


 ようやく話が通じたようです。以心伝心。言わず語らずがここまでない相手と話すのは疲れます。恋敵だから仕方ないですけど。


「聞いてないです。ただ、大きな荷物を持ってあげたとか」


「えっ⁉ マジ⁉ 源、そう言ってたの⁉」


「なんです、大きな荷物だけでわかるのですか? もしかして引っ越し屋さんとか」


「なんでよ。でも、間違いない。それが原因だ。マズいなぁ……マズい。混ぜるな危険みたいなふたりなんだよなぁ……」


「えっと、ケンカするとかですか? じゃあ、男子?」


「んなわけないでしょ、あんたさ、聖女さまとか言われて調子こいてるかもだけど、相手、伊勢は伊勢はるかは天女さまなんだからね」


 いや、別に調子こいてないですけど? いちいち腹が立つ言い方ですね。でも、なにその天女さまって。源君の元カノだったり……


「元カノなんですか?」


「元カノ? そんな生易しいもんじゃないわよ。伊勢はるか。そこの上総女子に通う絵描きのタマゴ。コンクールでもバンバン賞もらってる。ちなみに両親も兄姉も絵描きだったり全員クリエイター。でも、だからか……かれ合うふたりは伊勢の家族に引き離されたのよ」


「それはどうして」


「住む世界が違うって。源といても時間の無駄だって」


「住む世界が違う……時間の無駄⁉」


「とにかく、ここは休戦しましょう。私らが潰し合ってる場合じゃない。あちゃ~~マジか、最悪のタイミングだよ。私、伊勢に北条のことどこまでしゃべったかなぁ……いや、それはいいや。ヤバいなぁ、私が抜け駆けしたのバレたか……もうここは既成きせい事実しかなくないかぁ。押し倒すか、保健室は無理よね……ここは定番の体育倉庫で……」


 話の感じからして、その天女さまと三浦さんは友達らしい。でもなに、住む世界が違うから引き離されるとか。


 そんなことより、住む世界ってなんです? 時間の無駄? 源君といるのが? 


 実家に居場所がない私と変わらないじゃないですか。変らないですけど……時間の無駄とか。さすがにそこまで言わないですが、ウチの親は。


 いや違いますね。全然違います。


 ウチの親は私に興味がないだけです。真逆だ。伊勢さん、源君の元カノは過干渉なんだ。


 どっちにしても息苦しいのは変わらないですね。でも気になる。三浦さんが言う「混ぜるな危険」って意味。


「あぁ、それ。好き合ったまま無理矢理別れさせられたのよ。不完全燃焼もいい所でしょ。そんなふたりがばったり。どうなるかわかるでしょ」


 わかるけど、わかるけど……わかったら何も言えないじゃないですか、そんな。


 ***


 前日夜。ハンバーガーショップ「まっぷ」店内。


「お前さぁ、顔黒いけど」


「あっ、気にしないでさっきまでデッサンしてたから、それで。からいいじゃない?」


「いや、そういう問題?『それで』じゃねぇだろ、せっかく……ほら、子供か。もう」


 俺はウエットティッシュで軽く伊勢はるかの顔を拭いた。絵を描くこと以外相変あいかわらず無頓着むとんちゃくなヤツだ。そこが、よかったんだっけ。


「源君……いや、信哉しんや君。いま言いかけたよね『せっかく』って『せっかく』なに?」


「『せっかく』は『せっかく』だ」


「そこを押して聞いてるんだけど『せっかく』の何乗にすれば答えてくれる?」


「『せっかく』の何乗って?」


「『せっかく』は『せっかく』って言う『せっかく』は、なに?『せっかく』聞いてるのに。ついでにいうと『せっかく』逢えたのに。今生の別れをしたふたりが『せっかく』現世で再会したのよ? 奇跡じゃない!『せっかく』だから駆け落ちでもしない?」


 つまり俺が言いかけた『せっかく』の先の言葉を答えるまで『せっかく』を言い続けるつもりなんだ。


 これだから絵描きは、ホントめんどくさい。なんだよ、今生の別れって。お前がそこまで言うから俺も言う『せっかく』忘れようとしたのに。


『せっかく』思い出にしてたのに。


かわいい顔してるのに、もったいないだろ」


「――意外」


「なに? かわいいって言ったことあるだろ、中学の時」


「いや、そうじゃなくて恨まれてるかと。私ほら、上総女子選んだじゃない。美術強い。卒業まで口きいてくれなかったし」


し、俺といても、だっけか。邪魔したくないでしょ、実際。お前の夢を」


「家族がひどいこと言ったよね、信哉君に。家族込みで嫌われたかと」


「安心しろ。ちゃんとお前の家族は嫌いだ」


「私もだ。大っ嫌い、あの人たち……私なんか、絵を描くだけの筆くらいとしか見てないんだよ。感情だってあるつっうの」


 変わってる娘。独特な感性。他の女子が喜びそうなこと言っても知らん顔。だけど、他の娘がスルーするような出来事を飛び跳ねて喜ぶような女子。


 クリエイター家族の末っ子で、その才能を小さい頃から家族に愛された女子が、選んだ最初の男友達がありふれた俺。確かに住む世界が違う異物なんだろう。


「疲れたの?」


「俺? 元気だけど」


「今じゃないよ、あの時。私みたいな規格外の変なヤツに疲れたんでしょ? だからその反動で北条きたじょうみたいな普通の……ごめん。私のせいだよね、ごめん。ごめんなさい、北条が悪いんじゃないのに」


 伊勢遥は独特な娘だ。絵を描くこと以外まったく興味をもってないのかと心配になる。絵を描くのに邪魔だからと、前髪を束ねその辺にあったハサミでバッサリ切るなんて、普通にする。


 お腹がすけばカバンに入っていた、いつのかわからないメロンパンを平気で食べて「なんか酸っぱいのね、最近のメロンパン」なんて平気で言う。


「終ったことだ」


「終ったんだ……そ、そうだよね。終ったんだよね」


 ハンバーガーショップの片隅で、布に包まれたキャンバス。その陰で伊勢遥は大泣きをした。中学の時は決して見せなかった涙を、俺はどこかで今更感を感じながら見ていた。


 そして気づいた。終わったんだと。苦しいだけの季節はもう終わったんだ。


 □□□作者より□□□


 お疲れ様です。

 本日より深夜0時に1話更新になります。もうお仕事始まってる方、お疲れ様です。明日から仕事初めの方、お互い頑張りましょう。

 学生の方、残りの冬休み満喫してください。

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