第13話 海からの風とキャンバス。

 キツい言い方になった。


 そんなつもりはなかったなんてきれい事。これ以上この話題をこれから先繰り返さないように、クギを刺す意味でキツい言葉、口調を使った。


 俺にとって佐々木と三浦は不可侵領域になりつつあった。平さんだってそうだ。もしふたりが平さんに疑いの目を向けようものなら同じ対応をする。


 ただ、少なくとも佐々木はそうはしない。三浦の場合はヤキモチ的な部分でするかもだけど、根の深いものじゃない。ジタバタわがままを言う感じ。


 だからと、ここでまったく助け舟なしでは平さんも可哀そうだ。


「心配してくれてるのは理解してる。だまされやすそうに見えるのも。だけど、騙されるかもって、本当の味方まで遠ざけたら意味ないだろ。わかる?」


「ごめんなさい。私なんていうか心配なのです。源君、のめり込んでる感じですし、佐々木君のファミリーもどういうものかわからないですし、三浦さんだってきれいですから」


美人局つつもたせみたいな? 大丈夫だ、三浦はそんな難しいこと出来るヤツじゃない」


「三浦さんと仲いいんですね」


「仲いいって程じゃない。中学で3年間同じクラスだった。そういや1年の時大げんかしたっけ。言いたいことはわかる。三浦くらいの娘が俺を選ぶのは不自然なんだろ? 実際俺もそう思うよ。でも、それなら平さんはどうなんだ? 平さんも高校じゃ聖女さまって呼ばれるくらいの人気だろ?」


「その呼び方は嫌いです。私は……私なんか単なるボッチです。源君がこの子を助けてるの目撃してなかったら、声を掛ける勇気なんてなかったですし、クラスで起きてることに気付いてるのに見て見ぬふりしてました……弱虫で泣き虫です」


 そうか、それが負い目になっていて、佐々木の事が大丈夫だろうか心配になったんだ。親切心からなのは理解出来ていたが、この娘は本当に不器用なんだ。


 不器用だけど自分が誤解されてでも、言葉にしないではいれなかった。怒る理由なんてなかったんだ。


「言い過ぎた。ごめん。平さんが心配してくれてるのに気付けなかった」


「こちらこそです、源君がクラスでどんな感じだったか知ってたクセに。助けようとしてくれてる佐々木君や三浦さんを疑えなんて、嫌われても仕方ないです。最低です」


「これくらいじゃ嫌わない。知ってるだろ? 寝取られるレベルに心が広い男なんだ」


「それ、心が広いって言っていいのですか? あと、また寝取られネタです。私とか、不本意だけど三浦さんがいるのですから、もう誰にもそんな後ろ指刺されるようなこと言わせません。それともまだ北条きたじょうさんに未練ありますか?」


「北条? 誰それ」


「もう! そうやってすぐ話そらす。別にいいですけど、まだ触れられたくないのかなぁって心配になります、逆に」


「散々自分でイジってるから。気にせずにイジってくれ。お前が言うように平さんと三浦がいれば俺最強だし?」


「またお前って! おかしくないですか? お前呼びするのにたいらさんって。距離感じます、本当にすごく」


「ん……確かに。じゃあ、愛情を込めては?」


「マロ……? はっ⁉ もしかして、眉毛のことですか⁉ マロ眉って言いたいのですか⁉ き、気にしてるんです、微妙に! それ面と向かって言った人初めてです。なぜでしょうか、軽く殺意がきます!」


「いや、かわいいよ。マロ?」


「返事しませんよ? 今の完全にバカにしてますよね? いいんですか? きのうの今日ですよ? あなたのひじ生殺せいさつ与奪よだつの権。私、握ってますが」


「酷い……いいよ、別に。三浦にしてもらうし」


「は? それ言っていいことなんですか? 謝るならひじピーンで済ませてあげますが、謝んないならグーパンチです」


「それ謝罪の強要だろ! 俺は決して暴力には……あっ、ごめん! ごめんなさい! やめて! おまっ、胸むぞ! いや、うそ! 怖ぇよ、目がマジだろ!」


 衝突しかけて道をゆずる。それが俺のやり方。本音を隠すワケじゃないがすべてをさらけ出す勇気がない。


 平さんや三浦を信用してないとかじゃない。だけどまだ友奈の事が生傷のまま。自然治癒ちゆをじっと待っている。


 いい風が来るのをじっと待っている渡り鳥のように。


 それでもひとりはさみしいから、俺は平さんの事を知ろうとする。彼女が俺を知ろうとしてくれてるから。


 彼女のさみしさは俺のさみしさとはたぶん違ってて、俺にどうにか出来るかわからない。だけど、ホンの少しさみしくない時間を作るくらいなら、どうかな。出来るかも。


 俺たちはこの先一緒の時間を過ごすだろう。


 さみしいから、何かに傷ついてるから真面目過ぎる話はしたくない。だからバカ話ばかりして俺は平さんのマンションを後にした。


 そうそう、やっぱり平さんはマロ呼びを許してくれなかった。代わりに保護した仔猫にマロと命名した。せっかくなので『麻呂マロ』と立派に。


 平さんは微妙な顔したが、このままでは学校でマロ呼びされそうなので、納得してくれた。


 ***

 大袈裟なバカ話。ひとり残された身にもなれ、そう思いながら強めの海からの風に身を任せた。


 すると、視線の先には見知った後姿が海からの風に吹き飛ばされそうになっていた。


 理由はその手に持つ重くはないが面積のある大荷物のせいだ。


「伊勢。なんでこんな風の日にキャンバス持って帰るんだ」


「あっ、源君。お久しぶり。そのね、コンテストに持ち込まなきゃなの」


 伊勢はるか。中学の時の同級生。美術の名門女子高に通っていた。海からの風にあおられていたのは、布で包まれた巨大キャンバス。


 中学時代巨大キャンバスを運ぶ姿を何度も見ていた。


「それはわかるけど、飛ばされて破れたら元も子もないだろ」


「ごもっとも。予備校出る時はそうでもなかったんだけど……あっ、ごめんありがと」


 俺は昔馴染みに昔のように力を貸した。重くはないがそもそもひとりで運ぶには無理がある大きさだ。


「相変わらずデカいな」


「もう、源君のエッチ」


 そう言えば昔から伊勢の巨大キャンバスを運ぶ一連の会話はこんな感じだ。芸が細かい伊勢は胸元を隠し、顔を赤らめ、そして笑う。懐かしい。


「浮いてんだろ、前と変わらず」


「浮かないワケないでしょ、絵描き目指すヤツなんて多かれ少なかれ変人しかいないって」


「それ、伊勢の偏見じゃないの?」


「そうかもね、聞いたわよ。北条如きに振り回されてるらしいじゃん。あんな


辛辣しんらつ~~っ。三浦だろ」


「うん、知りたくないことまで聞かせるんだもん。何がいいの、あんな普通な娘。別れりゃいいのに、ったく。ばーか、ばーか」


 どうやら、伊勢が持ってる情報は少し前のものらしい。どうしようか考えて俺は口を割った。たぶん、同情されたいからだろう。


「別れたよ、寝取られた末にフラれた」


「寝取られた⁉ フラれた⁉ ⁉ なに調子こいてんの北条きたじょうは。勘違いもはなはだしい……」


 ちなみに伊勢はるかと元カノ北条友奈、押しかけ女房こと三浦みなみと俺は同じ中学出身だった。


 その中でも伊勢遥と三浦陽はある意味ずば抜けて目立つ存在だった。何がずば抜けて目立っていたかと言うと、中一の時ふたりは平さんと三浦とは比べようもない犬猿の仲だった。


 ふたりで仲よく教室の空気を壊滅的にしていた。そういう意味で目立っていた。それが美少女ふたりとなると、なお更目立つ。付け加えると、伊勢遥の胸はデカい。

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