第12話 心酔。

「えっと……来てくれたんだ。ありがと……ございます」


 平さんのマンション。エントランスホールからインターフォンで呼び出していた。


 海野さんとお昼を共にした放課後のことだ。俺は佐々木と話があると平さんに先に帰ってもらっていた。


 最上階の平さんの部屋のドアが開き部屋着に着替えた彼女が出迎えながらの一言だった。


「仔猫。動物病院に連れて行く約束だろ」


「覚えててくれたんですね」


「逆になんで忘れると思ったの?」


「源君、学校で全然そんな話題触れないからです」


「一緒に行くことが確定だからなんだけど」


 そっかと。学校では見たことないニンマリとした笑みを浮かべ、きのう保護した白猫を抱き上げる。


 か細い声だけど、元気そうだ。よくわからないから動画で調べたら、ワクチンとかが必要らしい。


「待ってて、着替えて来ますので」


「わかった。コイツと外で待ってる」


「なんでですか? 中でお待ちくださいな」


「ひとり暮らしなんだ。その辺はちゃんとしないと」


「それって突き放されてますか、私?」


「なんでそうなる、逆。大事にしたいからだけど。変な噂になったら困るだろ」


 平さんは目を丸くした。まぁ、クラスの女子の胸のサイズを聞くような男だし、この反応は普通か。


 少し考えて「信用してますから」と、リビングで待つように言われた。


 ふふ。作戦成功……とはなんない。わざわざ信用を裏切ってどうする。油断するとウケを狙う性格をなんとかしないと。


 実をいうと、出来たら今日の放課後海野さんの話を聞きたかった。食堂では言えなかったことがあるかも。


 平さんは三浦のことを気にしているようだ。平さんに付き合わないかと言い出したのは俺だし、その気持ちは変わってない。


 三浦とは中学三年間同じクラスで、友奈寝取られの件で佐々木同様俺に味方してくれている。


 三浦の事もどうでもいいわけじゃない。それは別に三浦が佐々木のいとことかが理由じゃない。


 友奈寝取られのことがあって以来、俺は信頼というか信用出来る仲間というものが、どれだけ貴重か身にしみていた。


 出来たら平さんと三浦には仲よくして欲しい。まぁ、陰でケンカするより眼の前でケンカしてくれたほうがいい。


 それに小学生レベルの口喧嘩だ。止めに入るまでもないし心配もしてない。


「おまたせしました。どうでしょうか?」


 現れた平さんは意外にも白のパーカーに濃い色のデニムジーンズ。髪はポニーテールにまとめられていた。


 聖女さまと呼ばれてるイメージとは違い、スポーティな服装。


「そういうの着るんだ」


「はい。似合わないですか?」


「いや、そんなことない。ちょっと意外だっただけ。似合ってる」


 似合ってるかぁと満足気に胸を張る。胸に若干のコンプレックスを持っているようだが、そんなに小さいとは思わない。パーカーの上からふくらみを感じるなら十分大きい。


 平さんはパーカーのフードに仔猫を入れて動物病院に行こうとするが、入れられた仔猫の方が不安そうな顔で俺を見る。


 見た感じはかわいいけど、流石に無理があるので俺が抱いていくことにした。 


 こういう時に何か専用のバッグみたいなのがあれば便利だろう。


 ***

 動物病院は問題なかった。エサの注意点とかお世話について平さんはちゃんとメモをとった。真剣な眼差し。本人は怒るだろうが、聖女さまのようだ。


 帰りに必要なものを買いそろえ、マンションまで送り届け帰ろうとするが、平さんにシャツを引っ張られる。


 帰るの。


 上がってかないの。そんな無言の圧を感じる。


 エレベーターに乗り込むと上機嫌だ。前まで、いちクラスメイトだった頃、こんな顔をするとは思いもしなかった。


「あの、きのうですね。カレー作ったのです。言いましたでしょ、私華麗かれいにカレーを作れるのですよ?」


 あのダジャレか。なるほど、それで上機嫌。考えてみたら高校の聖女さまの手料理を食べるなんて、滅多にあることじゃない。


 ここはもっとありがたく思うべきなんだけど、何かこう、引っかかる。そんなに一緒にいた訳じゃないけど、平さんの表情とか言動とか仕草に何か引っかかる。


「何か言いたいことあるの? ごめん、俺回りくどいの得意じゃないから」


 何か不安気な表情なので、言いやすいように言ったつもりだ。


 リビングのソファーに隣り合って座り少し待つ。平さんは考えをまとめるような感じで視線を宙に。だけど、話しながらまとめることにしたのか口を開いた。


「源君。あのですね、大丈夫なのかなぁって心配になりまして」


「何が?」


「その、佐々木君のことです。ちょっとタイミング良すぎないですか?」


「タイミング? どういうこと」


「和田君と関係ないのでしょうか。ほら、源君がどん底と申しましょうか、このタイミングは見計らった感じしないですか?」


「見計らった……」


 つまり、平さんは佐々木と和田が裏で通じていて、佐々木の甘い言葉に乗った俺をさらなる罠にはめるつもりだと言いたいのだろう。


 それとも俺に近づくために和田に指示をし、友奈を寝取らせたまで考えてるのか?


 確かにそういう見方も出来なくはないが、佐々木と和田は水と油、いや何より三浦はそんな奴じゃない。


 三浦は勘が鋭い。気付いて知らん顔するようなヤツでは絶対ない。そこは信用していいヤツだ。


 三浦が信頼している佐々木。


 昨日、今日の佐々木の言動を俺は信じたいというより、疑う気持ちになれない。


 もちろん、平さんは俺を心配しての言葉だとは理解しているが、あまりいい気分じゃない。


 信じようとしてるんじゃない。疑う気すらない佐々木に対して、疑いの目を向けなくていいのかという平さんの忠告は的外れに思えた。


 的外れは言い過ぎだとは思うが、ありもしない疑いの種をいて欲しくない。下手をしたら俺と平さんの関係にひびが入る。


「悪い。佐々木と三浦は、俺が平さんを信用してるのと同じレベルで信用してる。ふたりに疑いを向けるということは、平さんにも疑いを向けることになるけど、構わないか」


 キツい言葉になった。なんでここまでのキツい言葉を選んだのか、俺自身わからない。


 でも、たぶん、俺の中で佐々木の占める重要性が増しているのだとわかり始めていた。俺は佐々木に心酔していた。


 □□□作者より□□□


 お疲れ様です。読み進めて頂き感謝です。三が日も終わりいかがお過ごしですか。


 本日4日まで1日2話更新です。明日より深夜0時に1日1話更新します。そろそろ学校や仕事が再開され、忙しい日々になりますが体調に気を付けてください。ちなみに私は明日より仕事です。











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