第9話 元カノを上回る女子と付き合えばいい。

 教室の自席にかばんを置いて平さんは俺の元に来ていた。俺の忠告を聞くつもりはないらしい。どうやらふたりの力関係が明白になりつつある。聞く耳持たない派だったんだ、平さんて。


「おはよう、みなもと。意外な組み合わせだ」


 そう声を掛けて来たのはギャングスターこと佐々木篤紀あつき。身長は俺より少し高いがそれ以外の共通点は悲しいほどない。


 読モをいとこに持つ遺伝子は伊達じゃない。しかも、なんかいい声だ。男に話し掛けられてるのに癒しを感じる。俺の中で本格的に何か目覚めつつあるかも。


「佐々木、おはよう。その色々あって」


「付き合ってる感じなのか?」


「世間の付き合うってのがどうなのかわからんが、そんな感じでいいんだよな?」


「はい。きのうから源君とお付き合いしております。佐々木君、源君共々よろしくお願いします」


「うそ、マジ⁉ なんで源と!」


 その声はもちろん佐々木篤紀あつきの物ではない。近くにいた男子クラスメイトの物だ。佐々木は瞬時に不快な目の色をしたが、言葉を発したのは平さんが早かった。


「あの、今の発言は大変失礼ではないですか。源君を『なんか』呼ばわりされるいわれはないと思うのです」


「でも、釣り合わないよ、誰に聞いてもそういうだろ、目を覚ましてよ」


 これはまた別の男子。どうやら平さんの信者のようで、懇願こんがんするような視線だ。


「じゃあ、逆に聞くけど源に釣り合うレベルの女子って誰? 私? それは逆に光栄だけど。あれよね、平じゃ源もったいないよねって話よね?」


 これまた輪をかけたように不機嫌な声で、態度で現れたのは、現役女子高生読モの三浦みなみ


 みなみちゃん、お願い! やめてあげて! 怖いから! 現役女子高生読モって肩書だけで、並の高校男子ビビるから! にらまないであげて!


 肩に掛けたかばんを、私不機嫌ですがと言わんばかりに俺の机にどさりと置く。ここまで態度に出すならむしろ声に出して言って欲しい。いや、言ってるか!


 お願い名指しでキレて! 俺に対して怒ってるのかと思うだろ! 


 三浦が怒ってる理由、例えばまんまと胸のサイズを聞き出したことや、シマシマパンツを愛用してることとか。思い当たる節だらけだ。


 いや、待って! 佐々木の前だ。その事は言わないで! 


 自分の俗っぽさが心にしみるから!


 あの三浦さん? 


 今度は平さんにガン飛ばしてないですか? いや完全に『じゃない』人ロックオンしてますが? 男子にらまないんですか?


「陽。状況が混乱する。後にしてくれ。まずは、源に対するありもしない発言を撤回させたいんだが」


「別によくない? 崇拝すうはいしてる聖女さまがいざ普通の女子だって知って慌ててるヤツなんて。まぁ『なんか』とか『釣り合わない』とか源に言ってるなら私が話を聞くけど」


「いえ、三浦さん。その話はわたくしがいち早く対応しましたので発言はご遠慮を。ただ、同性のご友人として佐々木君はなにか言いたいでしょうからどうぞ」


 もうやめて、俺のためにケンカしないで! なんか変な空気作らないで! ただでさえ居心地よくないんだからね! もうふわふわした感じいい加減飽きたんだからな!


「では、平さんのお言葉に甘えて僕が発言しよう。源はいいヤツだ。僕が保証しよう。不当な評価をしたがる連中が一部いるのは確かだけど、君は何を知って源を下に見る?」


「それは……」


 すぐに答えられないでいると、間髪入れず佐々木が畳み掛ける。


「ないんだね、根拠が。次からありもしない批判を僕の友人に向ける場合、僕が相手しよう。それとも僕の彼に対する保証では気に入らないかな?」


 なにこのイケメン。

 ごめん、平さん。俺やっぱ佐々木と――と変な方向に妄想がふくらみそうになったところに、あるクラスの女子が佐々木に話し掛けた。


「ごめん、佐々木君。えっと、この男子たちと話終った?」


「終ったよ、どうしたの?」


「うん、ごめんね話の途中に割り込んで。あの、お礼が言いたくて。佐々木君にお願いしてた、くつ箱周りで和田君たちがたむろしてた件、話してくれたんでしょ? ありがとう助かる! もうね、うっとうしくて」


 そう言ってそのショートカットの女子は佐々木に右手を差し出した。その手を佐々木は手に取り軽く握った。


 これで女子が佐々木の手の甲にキスでもしようものなら、昔見たギャング映画のマフィアのボスと変わらない。


 これが平さんが言っていた儀式か。流石にキスまでしないが、要求したら女子は佐々木の手の甲にキスしたろう。


 それほど佐々木の存在が圧倒的だった。だけど、その表情は威張るでもなく、柔和な笑みを浮かべていた。


 その頃には俺と平さんの交際に、口を挟んだ男子ふたりの姿はもうない。隙をみて逃げたようだ。


 俺が佐々木に怖さを感じないのは、俺に対し親切だからだろうか。その理由はよくわからないがありがたく受け取ろう。


 いつまでも元カノ北条友奈絡みで鬱屈とした日々を送りたくない。ところで、なんで平さんと三浦がバチバチなんだ? 


 その疑問に答える様に佐々木がいい声で耳打ちをしてきた。


「すまない。実は源の置かれた状況を好転させるには、それを打ち消す事象を起こせばいいと陽に言ったんだ」


「それを打ち消す事象?」


「つまりは上塗りだ。君の元カノとの事は知っている。嫌がらせがあるのも。なら、失礼だが元カノを上回る女子と付き合えばいいだけだ」


「確かに」


「だからね、老婆心ろうばしんで陽をけし掛けたんだ。のんびりしてたら源に彼女が出来るぞってね。どうやら遅かったようだし、正直驚きもした」


「平華音かのんだからか?」


「正直そうだ。釣り合わないとかじゃない、彼女が誰かと交際するような人物だと思ってなかった。悪く取らないで欲しい」


 そう言って柔和な笑顔を俺に向けた。そこの女子たち~~この笑顔見習おうな? あと、俺事故物件だからな? 過剰な期待しないでね?


 押し付け合うならまだしも、取り合うような男じゃないぞ? 特技は女子の胸のサイズをたくみに聞き出すくらいだしな。


 そんなことを考えながら、ふと教室の隅に目が止まる。すると和田一党が苦々しい視線で俺を見た。何がそんなに俺が気に入らない? どうでもいいけど。


 知らない間に俺の手札にはエースとジョーカーそしてクイーンが手に入っていた。反撃の狼煙のろしはいつでも上げれる。

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