第10話 残念ね? 

 意外に佐々木は女子ふたりのバチバチな関係に口を挟まなかった。女子のケンカに口を挟むほど愚かなことはないと、達観した横顔。その意見には大いに賛成だ。


 降ってわいた、高校の頂点を争うようなふたりとの恋愛事情にクラスメイトはついて来れない感じだ。わかる! わかるぞ! 俺もだ! しかし、何で同時なんだ? 


 三浦、俺が平さんに愛想尽かされてからでもいいだろ? そんな先じゃないぞ? 早けりゃ来週にはそうなる。


 あっでもダメか。きっとその頃にはふたり共に愛想尽かされて、机に突っ伏してたあの頃に逆戻りなんだ。


 そんな俺の心を読んだのか、佐々木は俺に頼みごとをしてきた。いいぜ、ジュースでもアンパンでもパシるぞ! とダメな方向に意気揚々な俺に伝えられたのは、思いもしない内容だった。


「実は源にこなしてもらいたいがあるんだ。力を貸してくれないか」


「案件をこなす? 構わないが」


 言葉を繰り返したがすぐにピーンときた。さっきのショートカットの女子だ。


 きっと彼女のような困りごとが佐々木に持ち込まれ、それを佐々木は案件と呼んでいる。その困りごとのひとつを俺に解決させたいのだ。


 理由は言われないがなんとなく理解した。きのう平さんが言っていたファミリーに関係してるのだろう。


 つまり佐々木の意図は俺が案件をこなすことで、ファミリーの一員だと無言で宣言したいのだ。言うなら俺は佐々木の庇護下に入ることになるが全然問題ない。


 接していて思う。嫌なことや勘に触ることは少しも言わないし、力を誇示されることもない。言葉使いは丁寧だし声がきれいだ。配慮もあって、思慮深い。


 しかも全部言葉にしない所が信用されてる感があっていい。


「B組に海野うんのさんていう大人しい娘がいる。三つ編みのおさげで眼鏡をした娘だ、知ってるか?」


 俺は首を振る。佐々木のまだ見ぬ海野さんに対しての言葉選びも慎重だ。ほとんどの人間なら地味な娘とだけ表現してただろう。


 恐らくは俺に偏見を抱かせない配慮なんだろうが、そのことに気付ける俺もなかなかすごいと自画自賛も忘れない。


「その海野さんがどうしたんだ?」


「くわしくは本人から聞いてほしいが、先日頼って来たんだ。表面的な解決ならすぐ出来るんだろうが、少し踏み込んだ解決をしたいと思う。方法は任せる。報告も結果だけでかまわない。相談が必要ならいつでも相談を受ける。どうだろう、源。力を貸してくれないか?」


「それは構わないが、要は俺がお前の代理でその海野さんって娘のお悩み相談に乗ればいいわけだな。表面的ではなく踏みこんだ形で解決を希望と?」


「まさにその通りだ。すまないが金銭が発生してるワケじゃないので報酬は渡せないが、構わないか?」


「報酬はもうもらっている。返せる時に返さないとだ、期日は?」


「結論は急がないが、君が接触を持ったことで何かしらの抑止力が働くだろうから、ファーストコンタクトは早い方がいい。頼めるか?」


 俺は頷き、その足で教室を出た。言うまでもないが目的地はB組だ。


***

「君が海野さん? 俺は――」


「源君ですよね、時の人だもの知ってます。もしかして佐々木君の?」


「察しがいいな、助かる」


 そう言うと海野さんは俺に自分の手を差し出した。例の儀式だ。


 俺は儀式をしていいのかわからないが、見よう見まねで佐々木がしてたように海野さんの白い指先を取った。


 夏なのにひんやりとしている。冷え性なのか緊張してるのか……その姿を見るクラスの視線も冷たい。


 佐々木篤紀あつきというビックネームを巻き込んだことに対する嫉妬心、もしくは嫌悪感。いやそのどちらもか。


「くわしい話は海野さんに聞けと言われてる。昼休み話せないか?」


「そんなに早く対応して貰えて助かります。私は全然いいですが……源君、迷惑じゃないですか?」


「迷惑とか考えなくていい。迎えに来る。ここで待ってて欲しい」


「場所決めてくれたら行きます」


 俺は少し考えて海野さんの三つ編みおさげの耳元に囁いた。


「俺たちが解決に乗り出してることが、抑止力につながると佐々木が言ってる。今いないヤツもいるだろう。全員に言って回るより話がはやい」


「そ、そうなんですね、わかりました。昼食はどうします?」


「食堂を使おう。内容は知らないけど多くの目に触れた方がいいと思う」


「わかりました。ご迷惑掛けますがお願いします」


 そう言うと海野さんは深々とおじぎをした。良さそうな娘だ。


 見ため地味な印象を受けるが、声に力を感じる。自分に自信がないタイプではなさそうだ。大人しめだが、この空気は性格からではなく、育ちの良さからだろう。


 平華音かのんと同じタイプだろう、きっと。


 そんな事を考えながら自分の教室に戻り、佐々木に海野さんと接触を持ったことを報告しようとしたが見当たらない。


 代わりといってはなんだが、ぷりぷりとした三浦みなみに廊下に連れ出された。


「源、篤紀あつき手伝うの?」


「そんな感じ」


「くわしく聞いてないでしょ、内容」


「聞いてない。問題でも?」


「問題はないけど、すぐに信用し過ぎなんだよ君は。だから寝取られるんだって」


「佐々木だけは寝取られないように気をつけないと」


「篤紀を? 笑えない~~笑ったけど。まぁ、従姉弟だし昔から知ってるから無茶はさせないだろうけど、そこそこ恨まれるかもよ? 周りには」


 それはつまり、佐々木がやってる事に対しておもしろく思わないヤツがいるって話だろうが、俺なんて何もしてないつもりでも、寝取られるし、当てつけられる。


 どうせそうなるなら、佐々木や三浦と行動した方がおもしろそうだ。平さんとのこともある。単独でいるよりそれこそ抑止力になると、後付けの理由を付け加えた。


「まぁ、がんばんなさいよ。B組の海野さんだっけ? その娘のことが終ってから詳しいことは話す。あと、なんでいきなりたいらなの? 北条とは段違いじゃん。折角せっかくさ、カノジョに立候補してあげようと思ってたのに」


「ハハハ、なんとなくだ。悪いな、またのお越しを」


「なに言ってんの? 私引かないわよ。返事も聞かない。はい、三角関係成立!」


 残念ね? 


 みたいな顔して三浦は俺の肩をぱんぱんと笑顔で叩いた。それを氷の視線で平さんが見てるのだけど……


 この視線の方が俺的には残念なんだけど。

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