第8話 おごれる者は久しからずです。

「意外に聖女さまは自転車に乗れるんだな」


 次の朝。


 俺は自転車を停めて仔猫を助けた横断歩道近くできょろきょろする、たいら華音かのんに声を掛けた。


 俺の声に振り向いた平さんは確かに、聖女さまと呼ばれるに相応しい横顔をしていた。


「おはようございます。源君、お加減はいかがですか?」


「普通に痛い」


「まあ、ここは平気だよと強がって見せる所です。そうじゃないと私の『無理しないでくださいね』が引き出せませんが」


「大丈夫だ。そんな計算高く出来てないし、心配されるのはいい気分だ」


「まあ、わかりますが少しは見栄も必要です。ときめきポイントが稼げないですよ」


「ふふ、俺はそんなことでお前の心臓に負担を掛けたりしない。老夫婦のような穏やかな日常を約束しよう」


「それはそれでありがたいのですが、まぁいいです。それよりもお約束覚えてますか?」


「わかってるよ、もう女子に胸のサイズは聞かない」


「それが当たり前のことで、お約束ではありません。忘れましたか? 猫ちゃんのお名前を一緒に考えていただきたいと」


 そうだった。


 きのう不本意ながらダイビングまでして助けた仔猫を、平さんが飼ってくれることになった。里親を探す手間は省けたが平さんも俺も猫を飼ったことがない。


 なので、1から色々と調べないとわからない。ひとまず今日の放課後、一緒に近くの動物病院に行くことになっていた。


「候補とかあるの?」


「そうですねぇ、男の子なので信哉しんやはどうでしょう」


「そう。偶然なんだけど俺も信哉なんだけど?」


「知ってます。こうすれば堂々と呼び捨て出来るじゃないですか。紛らわしいですか?」


「紛らわしいというか、この先仲よくなって親と会うなんてことになった時に、猫に息子の名前付ける彼女ってどうよって話。あと、別れたあと猫の処遇が心配。露骨に猫缶のレベルが下がるとか」


「そんなことはしません。そうですか、残念ですが確かに親御さんはいい気はしないでしょうね。軽率でした。ただ、言い訳をするなら信哉の育ての親になりたかったのです」


「あの、呼び捨てなの? 俺は猫じゃない方だからね?」


「そうですね、確かにあの子ほどはかわいくないですね」


 うん。


 なんとなく感じていたがこの娘の距離の詰め方独特だ。若干ホラー感があるが、それはそれで退屈しない日常でいいかも。


 今自分が気になるのは寝取られの記憶。平さんは大丈夫だろうか。和田一党の罠にハマって寝取られたりしないだろうか。


 そう考えないワケじゃない。だけども平さんは友奈とは違う。


 元々学校では聖女さまと呼ばれ、モテ耐性はある。いやモテ耐性があるのに相手が俺なのかと疑問もあるが、中身はそこそこポンコツ要素が見え隠れする。


 だいたい保護した猫に付き合うかもの男の名前はつけない。嫌とか以前に痛々しい。


 そう、平さんはそこそこ痛い女子なんだ。そう思えば俺とはお似合い。


 めんどくさそうな匂いがプンプンしてる。


 今の俺は怖いもの見たさもある、確実に。だけど、まだ始まったばかりの関係。和田一党はもちろんのこと、その他大勢の男子のやっかみの視線。


 女子の「なんで?」みたいな顔で見られたくない気持ちはある。俺だけならいいが、平さんの評価を下げるのはよくない。


「それじゃあ、俺はここで」


 ふたりでいる所を誰かに見られる前に撤収しようとしたのだが、平さんはそのきれいな指先で俺のシャツのすそつかんだ。


「きのう話したよな。学校ではまだ内緒にしようって」


「はい」


「納得したよな」


「しました。不本意ながら。でも、考えたのです。誰に気を使わないとなのか。考えてみてくださいな、私も恐らく源君も誰かが誰かと付き合うにあたり許可を求められたことはないはずです」


「それは平さんの立ち位置が特殊だから」


「立ち位置と申されましても困ります。聖女さまなんて呼称迷惑でしかないのです。私は実家に居場所も見つけれないさみしいヤツなのですよ」


「それは聞いたけど。付き合ってるのをオープンにするメリットが平さんにはないだろ?」


「あります。源君がうかつに女子に胸のサイズを聞くのを抑止できます。十分な効果です」


「一度聞いただけだが」


「一事が万事と申します。おごれる者は久しからずというではないですか」


「俺と付き合ったことが平さんの黒歴史になるかもだけど?」


「なりません。いえ、あえて言うならお付き合いしているのに他の女子の――」


「ごめんなさい! もう聞かないです! その一点突破やめてもらえませんか? なんか既に息苦し感を感じる、付き合って日が浅いのに!」


「その息苦し感は元カノと比べてですか? あれですか俺には比較対象する元カノがいるんだぜっていう、最近ちまたで噂のマウントってヤツですか? つまり私はいま流行の最先端の荒浪に――」


「ごめんて! いや、普通にめんどくさい! 笑顔で言ったからって相手の恐怖は和らがないからな? 怖いから!  1ミリも聖女感ないですから!」


「いいじゃないですか、私たちの交際を期に和田君たちの嫌がらせは減るのでは」


「いまあからさまに話題そらしたよな、反省とかないのな。和田のことはどうだろなぁ……逆に燃料与えることにならなきゃいいけど」


 懐疑かいぎ的な返事をした。だいたいなんでこんな嫌がらせを受けているかわからない。ここはシンプルにキレようかとさえ思い始めていた。


「そんなことはともかく、かばんを荷台に置かれてはどうですか。荷物を持つにはそのひじは痛々しいです」


「ではお言葉に甘えて」


 視線は感じるものの、どうでもいい気分になっていた俺はまんまと平さんを俺の人生に巻き込むことになった。


 □□□作者より□□□


 新年おめでとうございます。早くも2日になりました。お忙しいところ読み進めて頂き、ありがとうございます!


 さて、ただいま、新年という事もあり1日2話更新をしています。4日までこんな感じで投稿しようと考えていますので、お付き合い頂ければ幸いです。


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