第21話 このまま誰も知らないところに誰かと。

 教室の端。いつも和田一党がたむろしてる場所には友奈を含めたメンツ全員そろってる。つまり、平さんがちょっかい出されてないことになる。


ふき‼ ちょ、ちょっと待て!」


 俺の制止を聞かず、なぜか頭に血が上った蕗は最短距離で平さんの席に向かう。平さんの席には向かい合って座る男子の巨大なうしろ姿が……


「ふぬっ!」


 掛け声と共に蕗は教室でかかと落としを繰り出す。もちろんその相手は平さんに向かい合って座る男子生徒に。


「み、源くん⁉ あと……海野うんのさん⁉」


 平さんは驚き口が半開き。幸いにも蕗が放ったかかと落としはデモンストレーションで、威嚇いかく的行動だった。だから男子生徒には届かない。寸止めだ。


 寸止めだが、ただ事じゃないことがクラス中に伝わった。水を打ったような静けさ……俺は蕗の肩に手を置き首を振った。


「蕗、待て彼は細川君だ。佐々木の右腕の」


「えっ……佐々木君の? でも、ごついですよコイツ」


「いや、コイツって言わないで! 目の前で細川君をコイツ呼ばわりしちゃダメ! 彼、見ての通り柔道の全中王者なんだから! いや、見ただけじゃわからんか!」


「え~~っ、全中王者ってなんですかぁ~~蕗、わかんない~~」


 蕗さんやめて~~君そんなキャラじゃないよね? 友奈の時のキャラ付け残ってます~~! ペチペチやめて! 細川君の頭気軽に叩かないで~~


「細川君なんかごめん、わ、悪いヤツじゃないんだ、ちょっとなだけなんだ!」


 俺は無意識で下唇を噛みながら発音した。


 細川君、ホントに高一だよね? 年上じゃないよね、ホントは高三とか……俺のこころの声が聞こえたのか細川君はゆっくり振り向いた。


「源か。よくわからんが、源が戻るまで三浦がここに座ってろと」


「ありがと、助かった」


「どうしたのです、源君。すごい汗だけど」


「平さん。大丈夫。それより細川君に迷惑掛けてない?」


「失礼ですね。私はちゃんと細川君にめ技を伝授して頂いていたところですよ」


 そう言って口元を隠して笑う。一見したらそれこそ聖女さまの微笑みといったところだ。


 しかし……俺は平さんの瞳の奥の禍々まがまがしい光を見落とすわけがない。


「えっと……細川君。なんで平さんに絞め技を? 護身術? 佐々木か三浦に頼まれた?」


「いや、特には。ただ、平に絞め技を教えてくれと」


「なんで? 平さん。護身用?」


「違います。それはアレですよ、?」


 おい、それ絶対俺を絞めるための技を磨いてますよね? 


 なんで? ん……平さんの視線の先には……蕗。あっ、それな? 俺は心の中でポンと手を打った。


「それじゃ、源。俺はクラスに戻る。三浦との約束は果たした。それから――」


 そう言って細川君は巨大な体に似合わず俺を教室の隅にちょいちょいし、困った様な顔して耳打ちする。


「お前を待ってる間じゅう、平にお前の女性関係一覧を聞かれた。うまくごまかした矢先お前が女子を連れて戻った。だから俺が悪い訳じゃない」


 ハハハ……あの娘。情報聞き出すのに余念がないなぁ~~細川君から情報を聞き出そうとするわ、絞め技伝授されるわで、完全に外堀埋めに掛ってんじゃん。


 大阪冬の陣じゃん、俺外堀埋められてるじゃん! もう、うって出るしかないだろ! えっ、この例えわかんない?


 しかし絞め技って。精神的だけじゃなく肉体的にも縛る気なのね。まったく美人の無駄使いかよ。


 平さんは細川君に小さく笑顔で手を振るが、恐らく平穏な時間はここまでだ。


 平さんは佐々木に負けずおとらずの柔和な笑顔を浮かべるが、セリフが根本的に佐々木とは違う。


「説明。してくれますよね?」


 ***

「すみません、変な誤解を与えてしまって」


「いえ、そのあなたは……海野うんのさんいいんですよ、。それに私が例のやからからまれてると気に掛けてくれたのでしょ? むしろ感謝します」


「あの、平さん? いま『別に』の部分、とげありましたが? 俺も心配したんだけどなぁ~~」


「ハハハ。鈍感力をスキルマした源君でもわかるんですね。この感情は言葉にするなら、なんていうのでしょうか……そうですね、世間一般にいう『』が近いでしょうか」


 殺意なのね。全然怒り収まってないじゃん。


 いや、何に怒るの? まだ、はるかのことバレてないよね? 確かに! 蕗との会話の不適切な部分、あえて言うなら『乳首』発言はありましたよ。


 でも、それは硬く口留めしたし、俺とずっといる訳だから蕗の口から漏れてない。


「あの……なにか問題でも」


 痛い、蕗の視線が痛い! この娘絶対「情けなっ!」とか思ってる! でも、仕方なくないか? 


 そもそも、この聖女さまの皮を被った暴力女子に俺は生殺せいさつ与奪よだつの権を握られてる! 


 具体的に言うとコケたてホヤホヤの俺のひじをいつでも弾く準備が彼女にはある! その覚悟が彼女にある!


 それに加え、柔道全中王者の細川君に絞め技まで伝授されてるんだ。結婚してる訳でもないのに恐妻家現象なんだけど。


 このまま逃げた方がいいんじゃないのか? 


 このまま誰も知らないところに誰かと。


 そんな冗談めいた空想のハズなんだけど、その時隣にいるのはどうしてかはるかなんだ。


「では源君。開口一番あなたはなんと言ったか覚えてますか?」


「開口一番……えっと、とか?」


「源君。私が口出すことじゃないですけど、卑屈さがパないです! 見てて痛々しいです! いや、この期に及んでの悪あがきにむしろ感動すら覚えます!」


 蕗。うるさい、黙れ。あわれみをう時はひたすらこうべれるものなんだよ、それは古今東西変わらない。


 それが武家のたしなみなんだからね、勘違いしないでよね!


「あの、すみません平さん。私がお願いしました。私、あんまり人と関わって来なかったので、下の名前を呼ばれる友達が出来るのが夢でした。ごめんなさい、源君なら友達になってくれそうだと思いました。平さんがいるの知ってるのに不謹慎ふきんしんでした」


 あっ、俺が蕗って下の名前で呼んだの怒ってるんだ。しかし、蕗のヤツよくわかったな、やっぱ同性だからか?


 しおらしい蕗の態度に平さんは申し訳なさそうな顔で俺を見る。言い過ぎたかなぁ……そんな感じだ。そう、反省してくれたら俺だって鬼じゃない。


 助け船の一そうや二そう、船団を組んで派遣する準備はある。


「平さん、彼女もこう言ってるんだし。まぁ、元はと言えば俺が蕗に『乳首』って言わせたのを口留めする交換条件で、蕗って呼ぶことになったんだし、ここは俺の顔に免じて――ん?」


「フフフ……源君。今? 乳首だ?」


 あっ、平さんたら言葉乱れてません? 文字の乱れは心の乱れとお習字の先生が……文字の乱れ関係なかった!


「いや、それは……ヤバ。ふ、蕗さん助けて!」


「源君! 流石です! むしろ1周回って天才⁉ もう凡人の私には理解できないいきです! この先どんな策略が――」


 いや、今そんな尊敬の眼差しを向けられても、場違いでしかないんだが。あと、策略じゃないから!

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