第20話 過保護過ぎん?

「ヤバい……源探してて大変なこと立ち聞きした……」


 源信哉しんや海野うんのふきが立ち去り、ようやく我に返った北条友奈ゆうながトボトボと教室に足を向けた後。


 そこには口元をわなわなと震わせた三浦みなみが立っていた。


 フィンランド人の母を持つ陽の日本人離れした横顔に焦りが走る。


「あの娘……篤紀あつきの案件の海野さん。知らなかった……源が苦しい時に支えてくれてたんだ……離れてたからはっきり聞き取れなかったけど……」


 整った顔が苦悩に歪む。そして――


「なんていい娘なの! きっと自分の役目は源を陰から支えることって思ってるのね! それでいま私とか、不本意だけど平が源の側にいる……だからそっと身を引こうとしてるのね……なんて奥ゆかしい! 源には私がいるけど、こういう健気な娘も必要! 少なくとも平より! よし!」


 三浦みなみは中途半端に立ち聞きしたお陰で、いい感じに誤解を積み上げ、海野蕗が潔く信哉を諦めようとしてるのだと思い込み誤解の輪を広げた。


 蕗は自らの勘違いで信哉を出来る男と思い込み、自らの演技で陽に超絶尽くす娘だと勘違いさせた。問題なのは誰も誤解かもと目を疑わない事だ。


 ***

 食堂。友奈ゆうなとの話を終えた俺は蕗と食堂で例の佐々木御用達ごようたつのテーブルに座っていた。


 時間がないはずなのだが、蕗はよりにもよってアツアツのナベ焼きうどんを注文した。夏だぜ、蕗さん。周りはみんな冷やしだよ? 


 まぁ、余りにも常識にとらわれ過ぎない美術女子と中学時代付き合っていましたから、これくらい平気ですけど。そういやあれからあいつ親、大丈夫だったろうか。


 そんな事すらわからない。まぁ、明日はるかにも会う約束をしてる。考えても仕方ない。もし親にバレてたら来ないだろう。


 もう俺と遥に残された意思疎通そつうの手段はマジで狼煙のろしくらいしかない。


「へクチン!」 


「どうした、蕗。風邪か?」


「ん……そんな訳ないのです。夏風邪はバカしかひかないですし」


「なにその根拠のない自信。おっ、佐々木~~」


 俺は炭酸のペットボトルを片手に近づいてきた佐々木篤紀あつきに手をあげた。相変わらず柔和な笑顔。俺ビジョンには花びらのエフェクトが見える。


「どうかな、海野さん。源は?」


「あっ……どうも。その……よくして頂いてます、はい」


「なに、蕗。佐々木にはそんな感じなの? 猫かぶってない?」


「猫⁉ べ、別にです! 源君にもちゃんと敬語じゃないですか!」


「仲良さそうで何よりだ」


「まぁな。それはそうと、仲いいで思い出したが三浦も炭酸水飲んでた。やっぱり従姉弟だとそういうのも似るの? どうせなら甘い方がよくないか?」


「それは私も思います。どうせなら味付きの方が……お得?」


「それな~~」


 そんなぬるいやり取りを佐々木はいつもながら、柔和な笑顔で見守りぽつりと言った。


「ふたり共いい息だ」


 俺たちは顔を見合わせながらお互いに違う感想を持った。


「そうか?」


「なんです、そのって。スカしてるんですか、もしかして佐々木君の前だからですか?」


「いや、違うし。あっ、お前いまの意趣いしゅかえしだろ! 性格悪ッ!」


っちゃ! 反論の声っちゃ! しかもなに少し赤くなってるんですか! 見てるこっちがハズイです! って言いますか、なんです『そうか?』って! いいじゃないですか、佐々木君が気を使って普段から不協和音ふきょうわおんを出しがちな、源君がですね、人と息が合ってるって言ってくれてるんですから! もう、これクララ級の驚きですよ!」


 なに、俺が誰かと息が合ったらアルプスで車いすから立ち上がる級なの? ダメな方向に評価高いなぁ~~


「お前、うるさい! 声デカい! あと毒素どくそ強い! そんなデカい声出せるなら教室で出せよ! 毒吐けよ!」


「はあ⁉ 出せるなら佐々木君にお願いしませんよ! バカなんですか? いや、ウワサには聞いてましたがでしょ?」


「なんで今わざわざ下唇噛んでバカって言った? 最近そういう発音なの⁉ そ、そんなウワサあるんだ……」


「いや、普通に凹まないでください。気を使うじゃないですか……大丈夫ですよ、佐々木君が付いてますから!」


「いや、ここはお前『私が付いてますから!』だろ? 人任せにしていいの? 俺だぜ、俺! そう思わないか、佐々木?」


「こんなイカれたテンションの会話に佐々木君巻き込むんですか? 迷惑ですよ、ほら困ってる……」


 確かに佐々木の笑顔が苦笑いに見えた。やっちゃったか……少し反省気味で蕗を見たらテーブルの下で見えないからと、軽く足を蹴られた。流石バトルマスター。


 何か言おうとした視線の隅に歩く三浦が目に入った。確信はない。確信はないがこの風景の中に俺はとてつもない違和感を感じた。


 俺の脳は珍しく高速で回転し、違和感を感じる原因を導き出す。


 俺はガタリと椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「どうかしましたか、源君」


 蕗が驚き目を丸くした。


「三浦。平さんは?」


「えっ、知らない。普通に教室じゃない、何でよ?」


 そのやり取りを聞いていた蕗は察し、ナベ焼きうどんの食器を返しに走る。勘がいい。本当のバディみたいだ。


「すみません、佐々木君。三浦さん。私も行きます!」


 ぺこりと頭を下げて蕗は先を走る俺に追いついてきた。


 ***

 食堂に取り残されたみなみ篤紀あつきに肩をすくめて見せた。


「ちゃんと平には細川つけてるっての。篤紀、言わなかったの?」


「言ってない。元気なかったろ、平さん。源が駆けつけてくれたと知ったら喜ぶ」


「ふぅん。相変わらず女こころ私よりわかるのね。お姉ちゃんがいるとそうなの?」


「姉さんの話はやめてくれ」


「ふぅん、シスコン。ちょいキモ~~」

 

 陽は呆れたように溜息をついた。


 ***

「源君! いくらなんでもはないと思います~~学校ですし、他に生徒もいます! 和田たちがいくらバカだからって、源君がいない間にどうとかなんて」


「わかってるけど、女子ひとりビビらすくらい出来るだろ。和田一党アイツらからしたらそれで十分だ」


「まぁ、それはそうですけど、過保護過ぎません?」


「しゃあないだろ、俺が巻き込んだんだから」


 割と真剣に走る俺のすぐ後ろを息も乱さずに付いてくる。マジでコイツ見た目によらずバトルマスターかも……


 くつ箱を駆け抜け、自分たちの教室『1-C』を目指す。廊下ですれ違う生徒の感じから騒ぎが起きてるようには見えない。


 減速した俺の脇をすり抜け蕗が『1-C』の扉をくぐり抜ける。振り返りドアから半身をのぞかせ俺に大きく手招きをする、何か異変があったのか……


 俺の鼓動こどうね上がった。

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