第31話 踏み込んだ解決と照れ屋。

「どうしたの、ふき。その髪型」


 信哉しんやと別れた蕗は早々に華音かのんとも別れ自宅に帰った。緊張する癖のせいか、蕗にとって美容院はどこも緊張する場所。信哉と話してると緊張癖があることが嘘のようだ。


 蕗の緊張する理由は簡単だ。彼女には自分がない。自分がない、もしくは極めて少ない人間にとって自分をどう見せようか選ぶ美容院は苦手な場所になる。


 今までの彼女は「前髪が目に入るから」だとか「毛先が痛んだから」とか、単純に伸びたからそろそろ切らないとで、美容院を利用していた。


 おしゃれをしたいからとか、目立ちたいからという理由ではない。必要に迫られて利用する場所。


「うん、友達にお店紹介してもらって。いいでしょ、すっごく軽いの」


「似合ってるけど、大丈夫なの? その……目立っても」


 小さな溜息ためいきと共に彼女の母は、見慣れない我が娘の髪に手をやりそっと撫で心配げに笑った。


 そして思い出したかのように蕗は準備していた言葉を口にする。


「お母さん、ごめんなさい。体操服」


「なに言ってんの。あなたのせいじゃないでしょ。あのね、お父さんとも相談したんだけど、学校に言いにくいんなら教育委員会とか警察もあるわよ。なにもこっちばっかり我慢することないのよ。お母さんもお父さんもあなたの味方なんだからね」


 声を震わせる母親にできる事は笑顔を見せるだけ。蕗にはそれくらいしかできない。


 それくらいしか出来ないけど、安心させたいという気持ちはある。


「大丈夫、お母さん。安心して。最近出来た友達というか、仲間……仲よし? 助けてくれそうなの。でね、うん……そうだね、もしそれでも収まらないなら頼もうかな。大丈夫、ひとりで抱え込まないから」


 蕗は出来るだけの笑顔を見せ階段を上がり自室のベットに顔を埋めた。


「おいおい、そんなにねたまれる程の巨乳じゃないぞ」


 視界の端に入ったゴミ箱に投げ入れられたまだ新しい体操服。ご丁寧に胸元を切り裂かれていた。これで3度目だ。


 夏を前にして3枚はいくらなんでもペースが早すぎる。いや、本来ならそんな経験したことがない人の方が多い。


 理由とだいたいの犯人はわかっていた。同じクラスの女子。大庭おおば真夜まよ


 美少女と呼ぶに相応しい見た目だが残念ながら同学年には、聖女さまと称されるたいら華音かのんと現役読モの三浦みなみがいた。


 こういう場合の銅メダリストはとかく目立たない。いや華音にしても陽にしても目立ちたいかは謎だ。


 一挙手一投足が注目を浴びているだけのことで、華音はそれをわずらわしく感じ、陽は心底興味がなかった。読モをしておきながら。


 だからこそ大庭真夜は気に入らない。しかも問題はじゃない。真夜には意中の人がいた。


 その相手が信哉しんやの彼女、元カノを寝取った和田琢磨たくまになる。


 ここがややこしいのだが、和田が北条きたじょう友奈ゆうなにちょっかいを出すきっかけのひとつが、蕗に告って振られたことが原因でもある。


 友奈もイメチェン前の蕗も地味という意味では似ていた。まぁ、友奈は真正の地味女子で蕗は目立たないようにしてるという点が大きく違うが。


 いわゆる和田は『地味専』というヤツだ。


 だけど、蕗は飽くまでも地味に見えるスタイルが好きなだけで、怖がりというわけではない。緊張癖と怖がりは彼女にとっては別ものだ。


 でも、そこはやはり女子。見えない数の暴力が怖かった。何がダメなのかわからない。こんな物に当たるようなことをする前に、どこがダメだったか教えて欲しい。


 和田の告白を受け入れていたらどうなっていたんだ? 怒るだろ? 


 それはそれで。


 結局はどんな結論を出したところで、大庭真夜は蕗を恨む。その根底にあるのは「地味なクセに」という偏見。


 好かれるのは無理だとしても挨拶くらいはと、真夜に挨拶を欠かさずしていたが、それはそれで勘に触る。やめたらやめたで、このありさまだ。


 蕗はゴミ箱に投げ入れた体操服に溜息をこぼす。ちょうどその時階下でインターフォンが鳴った。


 時間的に近所のおばさんが母親と立ち話をするために来たのだろと、蕗は反応しなかったが明らかに数人の足音が階段を上がってくる音がした。


「なに、ガサ入れ⁉ ヤバいもんなんかないよ……」


 蕗は迫りくる足音に固唾かたずを飲んで身構えた。そこに現れたのはまったく思いもしない組み合わせの面々だった。


 ***

「えっと……中村……さんと伊東……さんがなんでみなもと君と」


 俺ははるかと別れて少し考えていた。実のところ海野うんのふきが佐々木篤紀あつきに依頼することで俺との関りが始まったのだけど、根本的な動機がピーンと来ない。


 佐々木はファミリーのトップだ。


 確かにクラスメイトの女子に雑用とも取れる「くつ箱で和田君たちがたむろしてて邪魔」程度のお願いまで叶えてやっていたが、これは俺的には佐々木が俺側に付いたと宣言する行為だったと思ってる。


 今後和田一党には些細なことでも口を挟むと言ってるに等しい。


 しかし、クラスメイトでもない蕗にとって佐々木に依頼するのは少なくともハードルが高い。


 それを乗り越える理由として俺に話した「集団で無視されるのは面倒くさい」では少し動機として弱い気がしていた。


 何より踏みこんだ解決を望む佐々木の意に沿うか疑問だった。


「ええ~~知らないの? 俺は中村さんとも伊東さんとも仲よしなんだよ」


 ちなみにこのふたりは三浦みなみの取り巻きの強面女子。どう考えても年上にしか見えない。


「そうなの?」


「いや、これがなんだけど……」


 強面女子のセンター的位置で、ふたりと仲よしアピールする為に肩を組む俺に迷惑そうな視線を送り、ぼそりとどちらかがこぼした。いや、蕗もか。


 最近の女子は照れ屋が多い。

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