異世界帰宅部〜俺が今度こそ、世界を救うまでの英雄譚〜
白神天稀
第一章 異世界帰還者集結編
プロローグ
夢はいつか終わるもの。けれどその幻は、目覚めた後でも姿を残している――
その夜に降ったのは雨でも星でもなく、紫紺の水晶だった。
降り注ぐ結晶を見上げ、青年は呆れたように言葉を発する。
「よっぽど殺したいみたいだな」
「死ねい!」
月を背に男は青年に全力の殺意を向ける。アメジストの脚を蜘蛛のように生やし、卑劣漢は空中の安全圏から嫌らしい笑みと共に結晶を射った。
「次から次に、手数が多すぎる」
飛来する結晶は槍となり、鋲となり、鉛玉となり、彼を襲った。
避けても結石は方向を変え、地面を削り散歩道の木々を薙ぎ、青年の逃れる先々まで追尾する。
飛び交う水晶は彼目掛けて着弾する、だがその体表に損傷はない。
頭部以上に大きな結晶は打撃で砕かれ、それ以下の石ころは彼の肌に当たろうとも切り傷一つさえ負わせられない。
「防御に徹すればどうってことないけど。ここは短期決戦が望ましいかな」
公園に散乱する瓦礫と薙ぎ倒された樹木に目をやり、青年は周囲への影響を危惧する。
「チィ、魔力の伝わりが弱い。やはり多少の慣らしが必要なようだな」
絶え間ない攻勢に物ともしない青年の反応に、男は怪訝な表情を見せた。
両者が長期戦は望ましくないと悟る中、機先を制したのは水晶の男。
「鬱陶しい。これにて沈めい!」
一帯の水晶も石も無差別に束ね上げ、男は一つの岩塊を掲げた。二階建て住居に相当する巨岩が星の光を遮る。
「これは流石に避けられないね……」
その声が男へ届く前に巨岩は青年に直撃した。土埃が舞って視界は完全に塞がれる。
「これで決ちゃ……否ッ!」
勝利を確信する間もなく、砂塵の奥で一つの人影が揺れた。
「ケホッ、エホッ。粉塵までは完全に吹き飛ばせなかったか」
彼の腕の一振りで舞った砂塵は地に伏せる。
地面には巨岩によるクレーター跡どころか、細かな砂山が道を覆うように積もっていた。
「粉砕した、のか。この『巨星』を」
「今までの攻撃に比べたら、真正面から来てくれる方が親切で有難いよ」
依然立ちはだかるその学生に男は耐えきれず憤激する。
「我が信念は不屈。我が凱旋は揺ぎ無き決定事項だ。だのになぜ、そこまで抗うか若人!」
「殺されそうになってるのに抵抗しないやつなんていないよ。それに俺は、お前の思想に何一つ共感できない」
「貴様も同じはずだろう同胞よ! 世界を渡った強者同士、きっと分かり合えるさ。さあ、一緒に取り戻そうじゃないか、あの頃の栄誉をッ。あの世界での喜びをッ」
態度を変え手を差し伸べる男の論理に傾ける耳はない。
その主張も、矜持も、感動も、青年にとっては理解しがたい妄想に過ぎない。
「お前と同じなんかじゃない。そんなものなんて、なかった。ある筈がない。俺はただ、あの世界ですべてを台無しにしただけ――」
青年の拳は男の頭蓋に向いていた。
「ロクでもない異世界帰還者だよ」
――――――これは彼が、異世界から帰ってきたあとの物語。
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