第十六話 戦場の境界線
「ここからはお前らだけの時間だ」
前方から投げ込まれた瓦礫の塊を無島の拳圧が跳ね返す。人間が放てる膂力を超えたその一撃は触れずして迫った脅威を吹き飛ばす。
「待て無島さん! 敵は二人、それぞれ身を潜めながら別行動している。到底一人じゃ」
「なら話は楽だな。さっきの野郎を最速で叩きゃ、もう一人に追いつく。その頃にはてめぇらの仲直りも済んでるだろ」
「危険すぎる。たとえあんたでも――」
「慌てんじゃねーよ」
無島の振り向きざま、先ほどの三倍の質量はあろう六階建てのビルが出現した。転送された建造物の影が無島を覆う。無島の意識になかった攻撃をアスハは対処しようと試みるが、その必要はなかった。
「俺が済ませといてやる」
無島の後頭部にコンマ数秒以下、接触したビルは欠片も残さず消滅する。物体そのものだけでなく、着弾時の衝撃や風圧さえもなかったかのように消えていた。
「これ以上悪化させねぇ。心配だったら、キッチリ話つけてから加勢しに来い」
その言葉に答える間もなく無島は地面を蹴り抜き、その衝撃で住宅街の上まで飛んで行った。
戦場であった地に一時の静寂が来訪した。三者が互いにかける言葉を模索する中、リリとツムギが最初に沈黙を破る。
「アスハ、アタシ達は責めようって気持ちできたわけじゃないからね。だから安心して」
「ただ理由が知りてェと思っただけだ。なんでオレ達から離れようとしたのかって」
「そうだよね。ツムギもリリも優しくて真っ直ぐだから、あんな別れ方したら追いかけてくるのは当然か」
力が抜けたような、弱弱しい微笑みだった。二人へロクに目も合わせられず、俯いたままアスハは胸の内を吐き出す。
「……学校襲撃の時に思ったんだ。このままだと俺のせいで君たちや周りの人を傷つけかねないって。だから一人逃げて、あてもなく取り逃がしたあの二人組を追ってたんだ」
あの事件をアスハ一人に託した罪悪感が二人にはまだ色濃く染みついていた。自責の念をツムギとリリは友にぶつけるが、返ってそれがアスハを苦しめる。
「正直に言ってくれていいよアスハ。アタシ達のこと、信頼できなかったのかな?」
「違う、違うんだよ。君たちが信用できないわけじゃない。君たちよりも信頼できる人なんていないよ」
「ならオレらが、お前より弱いからか?」
「そんなわけない。君らは俺より遥かに強くて、立派で、真っ直ぐで、物語の主人公みたいな英雄だ」
「オレ達はそんな大層なヒーローじゃねェ。もし、それを言うならお前だって異世界で――」
「違うんだよッ!」
顔を上げたアスハは今にも崩れそうなほどの憂いが滲んでいた。目元を濡らし、唇は震え、息がしゃくり上がっている。消えかけの灯のように、灰の青年はか細く声を発する。
「違うんだよ……俺は怖かったんだ。俺のせいでまた人を傷つけてしまうことが。君たちのような人を、皆を救える力と優しさを持った人を、昔と同じように傷つけてしまうことが怖かった」
「昔……?」
「異世界で俺は、英雄になれなかった。なりたかったけど、なれなかった。英雄未満の人でなしなんだ」
彼の悔恨は、罪悪感は、絶望は、想像を絶する深さで魂に刻まれている。震えながら絞り出したその声は、アスハ自身を縛り殺す呪いの言葉のように二人には聞こえていた。
「――俺のスキル『
その告白に友は絶句した。これまでアスハが行使してきたスキルの真相と記憶を照らし合わせる。何の疑問も抱かず彼に求めて来たその能力の代償を知り、恐ろしい真実に辿り着く。彼はいつも、文字通り心を壊して自分達を助け続けたという事実に。
「身に余るこの力を使って、計り知れないほど多い命を――世界を壊してきた」
アスハはひた隠しにしてきた異世界での記憶を、その全貌を明かす。
彼がいかようにして、人でなしの灰燼に至ったのかを、ぽつりぽつりと語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます