第十七話 英雄未満の人でなし
異世界転生者。『英雄』――凛藤明日葉。それはかつて俺が望んだ理想の姿。
変わり映えのない人生に渇きを覚えていた頃に抱いた、罪深い夢。
「――――助けてくれ英雄よ。君の力を借りたいんだ」
絞り出すように懇願する暗闇からの声に、心の中で「分かった」と応じた。
意識がハッキリとした時には魔法陣の上に尻もちをついていて、狼狽える宮廷魔導師達と歓喜に震える小国の国王がいた。
「せ、成功した。やったぞ、新たな英雄の召喚に成功した!」
「ってて。ここはどこ……っ、もしかして、異世界、ってわぁ!?」
「君ィ! 早速だが聞きたい! 君の名前は!?」
髭を蓄えた陛下の握力に戸惑いながら、俺は王と異世界に名乗りを上げた。
「凛藤、明日葉。呼ぶならアスハで良いです」
――ようやく自分にも生きる意味を与えられたとぬか喜びした、夢物語の始まり。
特殊な召喚術式で異世界転生した俺は、スキル『アンリミテッド』を手に入れて冒険に出た。身の丈以上の強大な能力。興奮で震えが止まらなかったことを今でも覚えてる。
「物理法則の、上書き……なんてチート能力だ」
「凄まじい、想像以上だ。君なら本当に、魔族に奪われた土地を奪還できるやもしれん」
「任せてください! 必ず、この力で魔族を打ち倒します」
俺の心には炎が燃え滾っていた。希望と情熱を孕んだ火が、身を包んで突き動かしていることを感じた。
初めて目にした異世界の風景は心の至宝だ。
「すっげぇぇぇぇ!」
澄み渡る空の青に、大地に広がる緑。未知の植物が色鮮やかに花を咲かせ、地平線の彼方から渓谷の果てまで飛竜が飛び回る。地上を生きる人々の文明は発展途上ながら、魔法を基盤とした社会体系を築いていた。
夢描いていた理想の
「これが本当の、異世界転生……!」
退屈だった日々を壮大な冒険の世界が書き換えた。俺は異世界転生するために生まれたんだって本気で思ってたよ――
自由を手にした俺は冒険者として、その雄大な大地を思うがままに巡った。
「『アンリミテッド』――流星、電撃、大爆破!」
稲妻を纏った箒星が巨竜の体躯を押し潰す。空中で衝突した岩石は目もくらむ爆発を起こし、空の支配者を地に落とした。
「ふぅ、ブレスを吐かれる前になんとか倒せたね」
討伐を終えると必ず、羨望と労いの声が待っていた。
「すっげー! 悪竜をぶっ飛ばしちまったよ」
「あんな山みたいな魔物を一撃って、どれだけ強いんだよ」
「ちきしょう、戦士職として負けてらんねぇ」
※※※、※※※※※※、※※※※。旅の苦楽を共にしたかけがえのない仲間たち。どいつもこいつも派手で、ガサツで、さっぱりした性格。冒険者らしくて気の合う野郎三人だった。
「何十年も倒せなかったあの主をあんなにあっさりって。お手柄だねっ、アスハ」
「そ、そうかな。※、※※※※に言われると嬉しいな」
旅の仲間であり、俺が恋心を抱いていた※※※※。彼女の微笑みは一目見る度に旅の疲れを忘れさせてくれた。
愉快痛快な寄り道ばかりの冒険パーティ。彼らと共にした時間は長いものではなかったけれど、その旅路は何にも代えがたい宝物だった。
――酷い話だ。今となっては、その名も顔も思い出すことが適わない。
「おお、何とお礼をすれば良いか。あなたがたのお陰で命を拾えました。ご恩は一生忘れませぬ」
「そんな、俺達も実は偶然だったっていむぐっ」
「いや~皆さんがご無事で何よりで! いやもうホント、魔物退治が出来て良かったですよ。な、アスハ?」
「もごごご」
名前もないような小さな農村。道に迷っていなければ見つけられもしなかったような場所に到着し、ひょんなことから魔物の群れを討伐した。本当に些細な出来事から始まった
「兄ちゃんたちまたな~!」
「元気でねー」
大人たちからは泣いて感謝を受け、子どもたちからは屈託のない笑顔をもらった。大した正義感も持ち合わせていなかったくせに、こうも賞賛で満たされてしまっては、人間は本物の義侠心を発芽させるのだと知った。
「いつかまた遊びにくるよー!」
手を振って村を去る自分を、勇者かなにかだと勘違いしながら自惚れていた。
旅は魔族討伐だけじゃない。紆余曲折ある道のりだった。
「よっ、よっ、余の国で『なまくりぃむ』の製造をォ? 許せんッ、地下へ幽閉じゃあ!」
「「「ハァー!?」」」
「※※陛下お待ちを。これには訳がっ」
「処刑じゃあああああああぁぁぁぁ!」
国ごとの法律の違いを知らず、処刑されかけたことさえあった。現代知識で活躍しようとして調子に乗ってしまったことが発端の珍事。その後に幸運が重なって、結果として国を救うことになったけど。
冒険者として各地を巡ったことで得られた奇縁もあったな。
「クソっ、まだ半分以上残ってるっていうのに」
「アスハ、流石にこの数は……」
その高らかな笑い声にどれだけ胸を震わされたことか。
「ハッハー、ハハハハハハ! 待たせたなアスハ、東の冒険者諸君!」
「※※※※公爵!? どうしてここ!!」
「なに、友の窮地に駆け付けたまでよ。今は背中を合わせ、互いに敵へ立ち向かう時だッ!」
公爵の貴族に見合わない豪快さ。剣一本だけで突っ込み敵陣内で大立ち回り。形勢逆転の奇跡を起こした。
身分や偏見を超えた友との共闘。走竜の背に乗り軍の先頭で戦場をかけた瞬間は絵物語の一場面のように鮮烈だった。
胸踊り快かった冒険の数々を経て、俺たちは国を背負った大戦争に推参した。民が暮らす城壁の向こうで、手ぐすねを引いて待つ幾千もの魔族の侵攻を阻止するべく。
「あれが魔王軍の最大勢力の一つ、遊撃機動隊か」
魔王軍遊撃機動隊。大幹部※※※※が率いる大軍勢を相手に、城壁都市を背に守りながら俺達のパーティは都市の防壁騎士団と運命共同体として対峙した。
「しゃんとしろよアスハ! 敵は数万だぞ」
「ちょっと武者震いしてるだけ。気にしないで」
「住人の避難が完了するまでワタシたちが持ちこたえよう」
どんな敵が立ちはだかっても、恐怖はなかった。それまでの冒険で得た経験と自信、そして信頼に足る仲間の存在が俺の中で大きな軸となっていたから。
「敵の進軍は、ここで食い止める!」
攻め入る魔王軍の一派に俺達は正面から向かっていった。スキルで雑兵を蹴散らしながら、幹部目掛け一直線に走ったあの熱はきっと、異世界人生の最大風速だっただろう。
それは輝かしい英雄譚の一頁になる筈だった、歴史の分岐点。
※
「――――――は。あっはは」
その軍の大将を討ち取った時、もう立ち上がる魔族はいなかった。辺りは俺の半身以下の肉片と赤に染められた砂利だけが広がる荒野。
「勝ったよ、みんな。※※※※の、幹部を一人」
背中に守っていた国は城壁も、建物も、王城も。人も。潰れて見る影もない。
「倒したんだ。最後に、俺が……」
近くで辛うじて肉の原型を留めていたのは、大切な仲間達のひしゃげた屍のみ。
「う、あぁ」
敵の力は圧倒的で、仲間達は太刀打ちできなかった。俺は薪をくべるように、幾度も感情を捧げてスキルを酷使しなければ勝てなかった。まさに天変地異を引き起こして掴んだ辛勝に過ぎない。
俺が殺した。俺が潰した。仲間の命は間違いなく、俺の力が奪った。
「あぁぁ、ぁぁ――」
その敵を駆逐し得るまでに増長したスキルは暴発で敵も人も街も飲み込む。最も喪失させてはいけない「闘志」だけを残して俺は暴走したんだ。
『アンリミテッド』は無限の可能性を秘めた力から、無秩序な破壊の力になり果てた。いや、元より俺がその力を支配しうる器でなかっただけのこと。
「あああぁ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
号哭を上げようと返って来るものは何もない。感情も理性も使い切って、自我を喪失するまで戦い続けた結果がその有り様だ。あまりに大きな犠牲を払ったその蛮勇は、この凛藤明日葉という愚か者に最初の罪を与えた。
そしてこれはまだ惨劇の序章に過ぎなかった。
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