第五話 後始末

 公園での一幕、現代に帰還後初の戦闘を終えてアスハは胸を撫で下ろしていた。彼の者の残骸はすっかり夜が飲み込んでしまった。


「今日のところはこれで大丈夫なは――」


 だが無法者は間断なく来訪する。


「この気配ってまた異世界帰還者……じゃない。今度は魔力そのものだ」


 人ならざる魔力の気配を感じ取った矢先、何もない空間から無数の魔獣が産み落とされる。

 骸型巨獣三体、中型怪鳥十数体、狼型四足獣二十体以上。体躯から凶暴性まで、この世界の並みの動物とは比にならない魔獣ばかり。


「魔獣、なんでここに、こんな!」


 逃がす選択肢はない。だがアスハの手にも余る事態だった。

『自分自身』という限定範囲を超えた能力の行使、戦闘による集中力の消耗。度重なるスキル発動で彼自身が課した制限を超えようとしていた。


「ここまでの数、スキルの上限を解放するしか――」


 空気が張りつめる中、隕石が来臨した。隕石と錯覚する衝撃が、土煙を上げながら空から飛来したのだ。


「ッ!?」


「やーっと爆心地についた……ってなんだこりゃ!? 。あの魔術師どこいった?」


 爆心地から姿を現したのはスーツの男。革手袋に合金繊維のネクタイまで黒で統一。ベルトに備えられた複数の携帯ボックスからはほのかに火薬の香りが漂う。

 明らかな戦闘を想定した装いの男性、その正体は今朝アスハが猫を救った直後に遭遇した通行人だった。


「あなた、朝の?」


「ンあ? なぁー! おまっ、猫拾ってた小僧じゃねぇか。なんでこんなとこいやがる!」


「なんでと言われましても」


「まあ根掘り葉掘り聞きてぇとこだが、事情聴取はあとだ。そこ動くな、一分で片ァ付ける」


 背後数十センチまで巨獣が接近した途端、男の眼光に鬼が宿る。振り向きざまに男は魔獣の鼻っ面へ右拳を埋める。


「さ、破壊休憩ブレイクタイムといきますかね」


 たった拳撃一発、魔力やスキルを込める素振りなんてなかった。にも関わらず魔獣の体内に衝撃が突き抜けて、頭部が縦に潰れる。


「デカブツひとーつ」


 消滅が開始する魔獣の体を駆け上がり、次の瞬間には飛ぶ怪鳥の群れを男は蹴り落としていた。肘と膝で怪鳥の胴の中心を確実に突いては、その反動で次の標的へ移る。その移動方法は幾度も戦闘を経験してきたアスハから見ても常軌を逸していた。

 トチ狂った立ち回りに釘付けになっている間にも鳥は全て蹴り潰され、男は狼を狩る。


「ほいほいほい、こっちだ」


 水流のように緩急なく、獲物への最短距離を突き抜ける。もはや撫でるかのように四足魔獣の横を通過していた。

 殴り潰されたのか、それとも握り取られたのか、目にも止まらない速さで魔獣の肉が大きく抉られている。


「速い、そしてとてつもなく強い」


 その純粋な身体能力、肉体のさばき方は全盛期のアスハでも到達しえなかった技量。その技術で男は魔獣を次々に駆除していった。

 アスハが戦況を整理している間に、残すは大型魔獣一体となっていた。


「さっさとご帰宅願おうか」


 肘鉄が魔獣の脊椎を穿ち、その臓腑を爆ぜさせたことによって討伐は完了する。あまりの早業により、半数の魔獣が消滅する瞬間はほぼ同時に見えた。


「ふぅーっとォ終了! はい尋問」


「討伐に四十秒、かかってなかった。あなた何者ですか」


「おーい、質問すんのはこっちだっての」


 状況とその人柄からアスハは男を信用した。尋ねられるままにアスハはこれまでの経緯、自身の素性と異世界帰還者について詳細を語った。


「なるほどな、交戦したソイツはお前が倒して直後俺が到着ってわけか。なら分かった、事後処理は任せとけ。んじゃ解散」


「えっもう? こんなサクッと尋問終わらせて良いんですか」


「ああ、俺は異世界帰還者のことはだいたい理解してるからな。それについてお前には一通り説明しとくか」


 男は無造作に胸元を漁ると、ポケットから警察手帳に似た謎の身分証を提示する。


「俺は無島むじま総吾そうご、元刑事で今は形式上雇われ探偵。お前と同じ異世界帰還者。スキルは、そうだな……」


 おもむろに無島は携帯ボックスから結晶を取り出す。魔力が籠った物体であるとアスハが認識した途端、蒸発するようにそれは解けて消失した。


「『空想回帰くうそうかいき』。能力スキル魔法問わず触れた力を無効にする。コイツのお陰でだいたいの帰還者も魔獣も対処できる」


「これまた、とんでもないスキルの人ですね」


「おまえも大概だろ。なんだ物理法則の上書きって」


「ところであの魔獣たちはどこから?」


「異世界から流れてきちまってんのさ。魔力がよ」


「魔力自体が異世界から? なんでそんなことに」


「そもそも異世界転生なんて状況が異常なんだがな。特にここ数年はこの街で一斉に異世界転生者、及び異世界帰還者が急増したせいだ」


「やっぱりこれは異常事態なんですね」


「ああ。原因不明な世界間往来の影響で、本来この世界に存在しねぇはずの魔力が異世界から流れてきちまってる。不純物な魔力が淀んで『瘴気』になって、誘われた魔獣も大発生。最低な大盛りセットメニューだ」


 皮肉交じりに笑い飛ばす無島の顔は疲れ切っている様子だった。くっきりと刻まれている目のくまがその証拠だ。


「んで。この事態の原因究明、対処を担う機関に俺は所属してる。お前も分かる通り、これは異世界帰還者にしかできねー重要任務ってわけ」


「俺に、できることは?」


「異世界帰宅部とか行ったな。お前はそいつらに今回のこと伝えとけ。情報共有して、何かあったら俺に連絡くれな。悪いがこっちは、人手不足なもんでね」


「承りました。任せて下さい」


「おう。そうそう、それとお前も悪さすんなよ? やらかしたと分かれば、俺がてめぇの首をへし折ることになる」


「肝に銘じます。お仕事頑張ってください」


「ハッ、その胆力じゃ脅しも意味ねぇな」


 無島はどこか安心したような表情でアスハに背を向ける。

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