第六話 Conqueror of foreign countries

「「ぶ、物理法則の上書き!?」」


 その予想外の告白に部の二人は驚嘆の声を上げた。物理準備室の備品が叫んだ振動でカタカタ震えている。


「ごめん。初対面だったからあまり詳細は話さなかったけど、俺の能力についてはそんなとこ」


「アタシらの想像の斜め上なつよつよ能力だったぁ」


「チートじゃんチートォ!」


「万能ではないから、活動は二人とは協力してやっていきたいと思ってるんだ。だから、今日からよろしく」


「「入部おめでっとーアスハ~!」」


 初対面の時以上の紙吹雪がアスハに降りかかった。クラッカーは前回隣から怒られたため今回はなしのようだ。


「まーちゃんも嬉しいねぇ」


「あ、そのネコ結局飼うことになったんだ」


「飼い主もいないみたいだったからねっ。それにこれも教育の一環だからヨシって山岡先生が」


「あの人は本当に動物好きだよね」


 猫は人間達の動向に一切気にすることなく、テーブルの脚を爪研ぎで引っ掻いた。



 ※



「ひゃー屋上初めてきたぜ。ケッコー見晴らしいいな~」


「青春漫画の代名詞だよね」


 初めて拝む屋上からの景色を二人は堪能していた。加えて扉は施錠されている上に他人の目もない。第二の隠れ場にはうってつけだった。


「っていっても、なんか変わったことって早々起きないよなァ。部活ったって、事件が舞い込んでくるみてーなことないし」


「そっちの方が本当はありがたいんだけどね」


「いっそ完全犯罪でもやってみっか?」


「粛清対象まっしぐらじゃないか」


「だよな~。だいたい、そういうのオレには向いてないしな」


「意見の変わり方がスクリュー過ぎないかな」


「まあ異世界時代は指名手配になったり、国家反逆罪で処刑寸前になったりしたけど」


「本当に何してたの」


「だいたいは魔族か貴族の陰謀。あと『喧嘩売ってきた貴族を殴っちゃいけない』って法律知らなくて終身刑。ちゃんと全部疑いは晴れたけど」


「最後思いっきりライン踏み越えてるじゃないか」


「だって仲間の出身地ディスられたんだもん!」


 他愛もない話に花を咲かせる中、ツムギがおもむろに開いていた動画サイトに気になるサムネイルがあった。そこに映っているのは見覚えのある通りの風景だ。


「ん、これって……」


『やべぇやべぇ、ガラス全部叩き割ってるよ』


『うわっ、あの拳銃本物じゃね?』


『あぶねえ、少し下がろうぜ』


 ライブと表示されている映像には宝石と貴金属を車に詰め込む四人組の姿が映っていた。強盗犯が車に乗り込む映像を眺めていると、その犯行現場がどこであるかツムギの頭が繋がる。


「最寄り駅前の宝石店じゃねェか! こんな昼間からよくやるなァ」


「この辺も治安も悪くなってきたね」


 液晶画面を見ながら、二人が立ち上がって体をほぐし始めるのは殆ど同時だった。


「アスハ、午後の授業までに戻ってこれそうか?」


「問題ないよ。あれぐらいの距離ならすぐに飛んでいける」


「じゃあせっかくだ、お披露目といこうかァ。俺のスキル!」


 ニヤリと笑みを浮かべてツムギは自身の靴に触れる。


「『最適化オートクチュール』!」


 彼の手の中で光が生まれ、鮮やな煌めきがスニーカーを包むとその形を変質させた。スニーカーは一回り大きく、頑強に、そして神秘的な装飾に作り変わる。


「アスハ、オレにつかまってくれ!」


「分かった。任せるよ」


 アスハが体を掴んだことを確認し、ツムギは地面を強く蹴り上げる。

 次の瞬間に二人は街の上空を飛んでいた。衝撃で飛び上がったのではなく、風によって導かれるように。その大飛翔に荒々しさはなかった。


「オレの『最適化オートクチュール』は触れた物体に発動して、そん時に必要な道具を作成するスキルだ。今はこの靴に『最適化オートクチュール』を適用して、ジャンプ力を向上させたッ」


「随分と便利が良い能力だね」


「最初は苦労したぜ? 耐久性は紙、発動数上限少なめ、変形制限付き。いわゆる雑魚スキルってやつ。だけど今じゃ――」


 徐々に落下が始まろうとしていた頃だった。靴は翡翠色の輝きを放ってツムギの体を目的地まで引き寄せ始めた。


「好きな能力を一つ付与できる!」


 靴から吹き放たれる風は彼らの軌道を安定させながら飛行速度を上げていく。


「能力の成長につれて、身体能力もスキル適用対象になってからはこうやって好きに飛び回ってた」


 優雅な空旅行は数分間ほど続く。アスハもこの空を意のままに飛ぶ感覚を懐かしく感じていた。



 スマホで確認した犯行現場近くの上空に到着する。位置を調整し、地上の状況が遠目で分かる高度まで緩やかに降下した。


「うっし、この近くだな!」


 ツムギが声を上げると突如、強烈な重力がアスハの心臓を下へ引っ張った。


「あれ、ツムギなんだか勢いが――」


 途端、風の恩恵は遮断され急降下が始まる。アスハがツムギの靴に目をやると、先ほどの変形がいつの間にか解除されていた。


「じゃ、着地や諸々よろしくゥ」


「なっ、もう少し早く言ってほしかった!」


 地面が迫るコンマ数秒の内に『限りなき無秩序アンリミテッド』を急発動させる。


「慣性操作、肉体負荷安定、ステルス」


 捻じ曲がった軌道で二人は地面を平行移動した。低空浮遊でかつ高速に直進する。軌道に乗ってようやくアスハの心臓は落ち着きを取り戻した。


「すっげ、俺のスキルで何回もやることいっぺんに出来るんか」


「は、発動までにワンテンポ必須だから指示は予め言ってくれ」


「わりィー、これならゆるやかな落下じゃなくて飛べるって能力にしとけば良かったな」


 ツムギの突拍子もない行動に肝を冷やしていると、アスハの脳内にリリの声が不法侵入する。


『キミたちいないと思ったら面白そうなことしてんじゃーん』


「! 脳内に声が直接」


『これも神聖魔法の一種だよ~。楽だけど有効範囲が狭いから今だけ会話は一方通行ね~』


 相変わらず便利が良い魔法だと感心していた時、アスハの目線の先で黄金色の粉を撒きながら飛ぶ蝶の群れを発見した。


「これは、蝶?」


『それもアタシの召喚獣。強盗の車まで案内するよ』


「……二人の能力も大概だね」


 召喚獣に案内のもと、アスハは道行く車の間を縫うようにして飛行した。



 蝶々の示すまま大通りを抜けて車通りの少ない道に出たところ、件の強盗犯が乗るバンを発見した。外からでも分かるほど宝石を乗せているからか、ほんの少しのカーブでも車体が大きく傾いていた。


「見っけた。運転荒くてわかりやすっ」


「警察車両もまだみたいだね」


「追いついたは良いけど、俺達がやったってバレちゃいけねぇんだよな?」


「そうだね。でもバレないければ、多少は車がおかしな動き方になっても問題はないかも」


「だな、それだったら――」


 急接近して車の真正面まで回り込んだ瞬間には、既に二人は拳を構えていた。ツムギの手には手袋が、アスハの手には風の層が装着される。


「『最適化オートクチュール』発動、獣牙の手袋ファング・オブ・グローブ

「『限りなき無秩序アンリミテッド』。大気纏着、爆発抑制、衝撃波増大」


 言葉を交えずとも帰還者達の思考は一致する。


「「正面からだ」」


 時速八十キロ以上で走行していた車体はその二撃をもって完全停止した。ボンネット部分は衝撃で潰されてもはや壁となっている。衝撃が逃げ切らなかったタイヤやトランクは原型を留めていない。

 だが車内で衝撃を受けた宝石類には小さな傷の一つさえついていなかった。その代わりとして、強盗四人は泡を吹いて気絶している。


「『限りなき無秩序アンリミテッド』で車内にも空気のクッションを作った。でも彼らだけは衝撃で脳を揺らしたから、警察が来るまでの間は動けないよ」


「よし! んじゃ、とんずらすっか」


 目的を達成して二人はそそくさと現場から退散する。

 その際に逮捕協力という大義名分があるとしても、「このレベルで一般人に介入して無島に殺されないか」と事後になってからアスハの脳裏に浮かんだ。

 しばし思考した後、アスハは万が一のことが起きても抵抗しないことを選択する。


「ツムギ、いきなり殺されたら申し訳ない」


「えっ何が? なんのこと!?」


 アスハはツムギを連れて逃げるように午後の授業へと向かった。

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