第八話 高校襲撃

「リリ、今日は掃除当番だってさー」


「今日は俺達だけで活動しようかな」


「だな。んじゃ、考える作業はアスハにまかせた〜」


 部の日課となっていた現代での異世界スキル活用方法、そのアイディア出し。普段のリリに代わりアスハがペンを握った直後だった。

 バンッ、と破裂音が響くと同時に、学校全域へ闇が降ろされる。


「なんだっ!? 停電?」


「……違う。ツムギこれは」


 異常な暗さに違和感を覚えたアスハは物理準備室の窓から顔を出した。


「停電キッツ。真っ暗じゃん」


「いやいや、今日晴れてんのにこれは暗過ぎだって」


「まってさむっ。急に冷えてきたんだけど」


「えースマホの通信繋がんないよナニコレ」


 突然の異常事態に皆が困惑していた。

 暗闇の来訪に続き、今度は真紅の太陽がその姿を顕にする。


「うそ、日の出?」


「ありえないって。だってまだ昼だよ?」


「でも実際そうじゃん! ちょうど日が昇って……って、なんか赤黒くない?」


 常軌を逸した事態に混乱が伝播する。アスハが危惧していた出来事が発生してしまったのだ。


「オイ、オイオイオイ。アスハ、もしかしてこれさあ」


「……ああ、異世界帰還者の仕業だ」


 異変の最中、リリの声が脳裏に響く。


『アスハ、ツムギ、!』


「リリ、今なにが起きて……」


『異世界帰還者が何人も来てるの!』


「ッ! 複数人の仕業か。敵は――」


「アスハ魔獣だ!」


 ツムギの叫びで廊下に目をやると、窓の奥で無数の鱗の塊が蠢いていた。


「ヘビ。いやっ、ドラゴンの亜種じゃんか」


「これは襲撃だ。犠牲が出る前に!」


 部室を飛び出した先には、廊下を埋め尽くすほどの巨体が餌となる人間を探していた。白い鱗に手足のない蛇型の体は、龍よりもヤマタノオロチを想起させる。

 大蛇の眼は化学室に取り残された生徒達に狙いを定めていた。


「ツムギ、みんなを守ってくれ!」


「応ッ!」


 蛇の体を駆け上がってツムギは扉に触れ、生徒が残された教室そのものを強固なシェルターへと改造する。


「『最適化オートクチュール』、即席防護棺インスタント・コフィン!」


 間一髪のところで蛇の牙は壁に阻まれる。頑強な棺には僅かな傷しか残っていなかった。

 反応の鈍い大蛇がそこでようやくアスハ達の存在を認知するが、雌雄は間もなくして決していた。


「大丈夫。単体の強さはそこまでじゃない」


 アスハの手が触れた部位から大蛇の肉が爆ぜる。内部から弾けて頭部まで衝撃が走り抜けた後、魔獣の巨体は薄っぺらな赤しみに変わる。


「アスハおまっ、詠唱破棄できたのかよ」


「思考が鈍るから好きじゃないけどね。敵の能力も人数も分からない今は、手の内を明かしたくない」


『二人とも大丈夫!?』


「こっちは問題ないよ。襲って来た魔獣は一体討伐した」


『待って。そっちには魔獣がいるの?』


「リリの方はどうだ。さっき異世界帰還者が何人も来てるって言ってたけど」


『どうもなにも、絶賛交戦中だよ。なんとか五人抑えてるけどしんどい』


「五人もッ!」


『ごめっ、余裕なくなってき――』


 言葉を遮られながらリリの魔法が途絶える。


「リリィ、リリィ! ちきしょう、反応が返ってこない」


「魔獣を退けつつリリの下に向かおう。異世界帰還者がリリの所に集中してるなら、戦力は分散されてるは、ず」


 アスハが振り返った時、廊下は既に校舎の面影を残していなかった。

 青白い光で覆われた高い天井、反響する獣の咆哮。壁と地面を構成する巨大な石のキューブは不規則に動き、通路が恒常的に変わり続けている。回廊は迷宮へと変貌していた。


「廊下が、異界ダンジョン化してる?」


「こんなんじゃ、捜しようがねェじゃんか。空間がぐちゃぐちゃに混ぜられてる」


 展開された異空間に驚嘆している間にも、魔力に引き寄せられた魔物が彼らの前に立ちはだかる。


「アスハ、こいつらの相手はどうするよ」


「倒すだけなら何とかなる。けど」


 二人の耳には既に生徒らの叫び声が届いていた。


「このままじゃ誰も助けられなくなる」


 躊躇いを許す時間などない。アスハはツムギの援護を待たずして駆け出していた。



 ※



 二人に状況の緊急性を伝えたリリもまた、異界の某所に足を踏み入れていた。


「アスハの能力があればここまで辿り着けるだろうけど」


 それはひどく美しい銀河が異界の天上に映し出されていた。叩き割った鉱石の断面のような、燃える星の運河が仮初の夜空の果てまで続いている。その輝きは無機質な地上の廃都市を照らす。

 これがもしダンジョンでなければ、何時間でも心奪われるような佳景。


「それまで魔力、持つかな」


 星海の下に集うは五人。この事件の首謀者となった異世界帰還者が彼女に立ちはだかっていた。


「大の男が寄ってたかって弱い者いじめなんて、みっともないわねー。それとも、こんな乙女とはまともに話せやしないコミュ障の集まりかしら?」


 嵐を前にしても花は折れない。その気迫は決して五人の覇気に劣るものではなかった。


「このオレ相手に信じらんねー口の利き方しやがって。皇女サマでも奴隷の女の子でも初対面から優しかったってのに」


「悲惨な目に遭った人間にほんの少しの慈悲を与えて虜にする。それ、詐欺師やDV彼氏と同じ手口ですよあなた」


「テメェも誰にむかって口利いてんだよ! オレは魔神をぶっ殺した大英雄様だぞ!?」


「うっせぇよオメェら。今は協力関係だって話ついてんだろうが」


 協調性、その言葉が欠けていることは火を見るより明らかな寄せ集めだった。前線で吠える三人衆を高台から見下ろす帰還者達が冷笑する。


「あーあー成り上がり組は興奮しちゃっテ。ボクちんらみたいにスローライフ送ったり内政経験ないと、ああも感情抑制できない人間になるのかナ。どうよ大将?」


「好きにさせましょう。現行の社会体制を壊す。それさえ叶えば、多少の粗相は許容します」


「ンハハ、そんな大層なこと言ってサ。議事堂でも主要都市でもない他所の高校を初手で襲撃してる時点で、大将の学生時代コンプが丸見えでっセ~?」


「訂正。あなたも少し口を慎んだ方がよろしいかと」


 仲間同士の口論、軽口、談笑。ただ一人とはいえ、リリという敵対の異世界帰還者を前に見せる彼らの余裕。それは決して眉唾なものではない。


 彼女が対峙している五人の帰還者全員が、それぞれの異世界を制してきた紛うことなき最強格の征服者。一騎当千の最大戦力に違いなかった。


「前線に出た経験はあるけど。バックアップなしにこれだけの相手はきびしいかなー……」


 使役可能な召喚獣のほとんどを全校生徒の救助に割いていた彼女に、彼らを屠り得る火力は残されていなかった。

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