第九話 My curse
羽虫のように湧いて群がる魔獣の制圧にアスハとツムギは奔走する。常に通路の形が変わる迷宮ダンジョンの中、三十人弱の生徒が今まさに魔物の餌食になろうとしていた。
「こっちにもいた。ツムギ、C組がここだ!」
加速を付与した靴でツムギが駆け付ける。体高三メートルを超える巨獅子魔獣と生徒達の間に割って入り、道中で拾った教科書を掲げる。
「最大防御だオラァ!」
教科書は瞬く間に巨大な盾となって展開され、ツムギの背後にいる者達ごと覆って獅子の牙を防ぐ。その隙にあわせてアスハのスキルが適応される。
「逆流しろッ」
血脈に代わる魔獣の魔力通路の逆流。魔物の魔力は反旗を翻し、たちまち内部を破壊。獣は空を舞う塵芥となる。
ここまでの能力の連続使用で、アスハも能力発動時の詠唱を余儀なくされていた。
「おい、あのバケモノぶっ飛ばしたぞあの二人!」
「えっと、制服姿か? 誰だコイツら」
「誰だか知らねぇけど助かったぞ!」
安堵に伴って生徒達がどよめき立つ。咄嗟にアスハがかけていた認識阻害も徐々にその効果が失われつつあった。
「魔力飽和、術式解体」
ダンジョン化されていた空間が効果を打ち消されて本来の教室へ戻っていく。歪んだ空間が徐々に元のスケールまで縮小する。
「これで近くに魔獣はいなくなったけど、固まってここから動かないように。応援がすぐに来ます」
生徒らには最低限の指示のみを飛ばし、アスハは教室を後にする。
学校襲撃から十五分が経過しようとしていた。二人は魔力の濃い魔獣を優先的に狩り続け、大多数の安全確保と救出は完了していた。
しかし獣の気配はまだ消えていない。そしてリリと交戦中という異世界帰還者五人の気配をまだ認識できずにいた。迷宮ダンジョンによるギミックの追加も考えられるため、油断できない状況が続く。
「先生はこれで全員発見。残りの生徒はあと半分ぐらいだよ」
「クラスで固まってるとこは全部発見したし、残りはバラバラか。大会や風邪で休みの人間もいるみてぇだし、どうすれ――」
途端、ツムギの身体から力が抜け落ちる。糸を切られたマリオネットのように彼は地に伏した。
「ッ、ツムギ!」
「だ、ダメかァ。やっぱ全盛期みたいにゃ動けないよな」
服の下から赤染みが滲み出る。息も絶え絶えで顔から血の気が失せている。シャツを脱がせて傷口を確認すると、彼の胴には何ヶ所も深い傷と紫の斑点が浮かんでいた。
「出血が酷い、『
「さっき牙がかすったと思ったンだよ。ただの唾液だって誤魔化そうとしたけど、体はこんな時に限って正直だよなァ」
『
「悪い。リリとみんな、頼んだわ」
「ツムギ、待ってくれ。俺には!」
アスハの腕の中でツムギは意識を失っていた。死に体となった友の姿を前にアスハの気が動転する。
「俺がやったら、やってしまったら、また……」
『
加えて複雑な能力行使は時間を要する。蘇生後も戦線復帰が厳しいツムギを治療しているその間にも、リリと生徒の命は奪われかねない。
「ただの対処じゃ間に合わない、考えるんだ。確実に救えるルールを」
人命救助、魔獣討伐、ツムギの回復、リリの捜索、帰還者の排除。選択に猶予はない。
――人命救助、人命救助、人命救助、救助、救助、救助、救助、救助、救助、助け、助け、助け、助け、助け、助け、助けないと、助けないと、助けないと、助け損ねる、助けないと、助けないと、助けられない、助けなければ、助かれ、助かれ、助かれ、助ける、助ける、助ける、助ける、助けろ。
迫る魔獣の存在さえ忘れ、アスハは呼吸を荒げる。思考は錯綜し、視界は狭まり、圧迫感に支配される。
「動け、いや無闇に動くな。選べ、間に合わない。違う、選べない。俺は選択肢を誤る。俺は、俺は、お前は、いつだって……」
嗚咽とともに蘇るのは、アスハの脳裏で鮮明にこびりつく異世界での記憶。死体の山が積み重なった、壊し尽くした地平線。そこに立つ血と泥で汚れた自分を、燃え尽きた灰同然の己を彼は今でも呪い続けていた。
――俺のせいでまた、みんなが傷ついてしまう。
「『
彼の中から焦燥が消失する。スキルを構える手の震えは止まっていた。残された全神経を駆動させ、アスハはダンジョン全域にスキルを行使した。
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