第四十三話 殴り合いの決着
高魔力の
真夜中に疑似太陽を降臨させた一撃は大怪獣へ着弾後、空へ昇る火柱を上げた。
着弾部位は蒸発して跡形も残っていない。魔力の核も撃ち抜いて粉砕した――そうであったが。
「頭ぶっ飛んだぜ! これで終わりかアスハ!?」
「違う、まだだツムギ。アレは単純な魔力攻撃で消せる魔物じゃない。見てくれ」
ツムギは再び巨獣の魔力を感じ取った。魔力を消費し切った少年の背に冷や汗が流れる。
事実、獣は消滅していなかった。確実に核は消滅し、残った下半身の断面も煙を立てて焼け焦げている。
しかしその焦げた表層を突き破り、液状の肉が滲み出ていた。肉は気泡をコポコポと鳴らして、徐々に凝固しつつある。
「嘘だよな……再生し始めてんじゃんか」
「常に地脈の魔力が供給されているんだ。それを絶たないとヤツは不死身だ」
「なんでだよ。体積の半分以上魔力を失って、核も絶対に破壊したはずじゃっ……」
「俺達のような魂ある生命体と魔物は違う。たとえ自我を壊しても、膨大なリソースの供給があれば核の有無は関係ない。むしろ残骸を養分にして、同じ姿の別個体が生まれるだけだよ」
ツムギに残された魔力はあと僅か。一挙動で消費してしまうほどの残りカスしかない。
彼の心臓が悲鳴のように鼓動を打ち鳴らすが、隣に立つアスハに絶望の文字は浮かんでいなかった。
「でも安心してくれ、あの状態ならヤツを消滅させられる」
絶望に落ちかけたツムギの心は、その言葉一つで引き戻される。
ツムギの闘志が再点火される中、次の状況を理解した無島がビルの上まで跳び上がってきた。
「凛藤、ヤツはッ!」
「もう一息です! 無島さん、ツムギ、俺をあの怪物のところまで投げてくれ。あと一撃で吹き飛ばせるッ」
「赤原、合わせるぞ」
「承知っス!」
最後の魔力でツムギは人間サイズのパチンコ砲を生成。無島は強弾性のゴムを引き絞り、全神経を浸礼魔法に向けたアスハを乗せる。
「頼んだぜ、
「任せてくれ、
言葉を交わし終えると同時、パチンコ砲台からアスハが弾き出された。
形見の十字架を握り締め、灰燼の青年は夜空を高速移動する。一呼吸をする暇もなく、巨獣の断面層まで迫った。
「先生が言っていたね。君たち魔物にも、役割があるかもしれないと」
ツムギから託された石を砕き、魔力を解放する。付与された多量のエネルギーがアスハの魂に浸透する。細胞の隅々まで魔力が駆け巡った。
「だとしたら君が生まれた意味は、俺達をまた繋ぎ合わせるためだったのかもしれない。人間の身勝手な理由付けで申し訳ないけど――いや、違うか」
獣の茹だる肉液、湧き上がる瘴気の煙。再誕を望む獣の元へ聖職者の使徒が推参した。
「意味なんて足掻いた先で、後からついてくるものか」
淡い光明がアスハに纏う。終刻を告げる浄化の詠唱は口火を切られる。
「泥下で生まれた貴方へ。疎まれし貴方へ。蔑まれし貴方へ。その結末を祖に代わって導こう……」
流星の駆ける空の上に、今亡き師の背を思い描く。亡き師の威光を借りるように、天から降り注ぐ星光を魔力へ変えた。
「『
肉の面に突き立てられた十字架は閃光する。光彩の激流が残骸に注がれ、地脈から癌を切り離す。
浸礼の星光に瘴気を食われ、魔物は肉体の再生を停止する。
刹那、星が降る夜に二度目の、純白の太陽が降臨した。
※
夜風に混じって響く断末魔を、帰還者たちだけが静かに耳を傾けていた。
ツムギは朽ちかけたビルの上から消えゆく怪獣を眺める。
無島は彼らの無事を確かめると、残党がいないかと確かめるべく地面まで飛び降りていった。
「これで一件落着、だな」
流星群に紛れて散っていく魔力を目に焼き付けていると、巨獣を討ち滅ぼした友が彼の下へ到着する。
「お待たせ。終わらせてきたよ、ツムギ」
煩わしい獣を排した今、彼らだけの時間が再開される。
「もう一度謝らせてくれアスハ。酷いこと言っちまった。申し訳なかった……!」
頭を下げるツムギの胸には、ただ友達へ謝りたい気持ちだけがあった。
「大丈夫、俺は許すよ」
その謝罪をアスハは正面から受け取る。
「だからこっちも謝らせてくれ。一人にしてごめん」
ツムギからの言葉を受け止めながら、彼もまた頭を下げた。
「友達としてキミに正面から向き合えてなかった。申し訳ない、もうツムギを置いていったりしない」
ゆっくり頭を上げると、ツムギは照れくさそうに首元を掻いた。
「気にしねェでくれアスハ。けどそう言ってくれて、めちゃくちゃ嬉しい」
「俺も、同じこと思ったよ」
「……ヘッ、へへヘ」
「……ぷっ、あはは」
ぎこちないやり取りに耐えきれず、二人してドッと笑い出した。
腹の痙攣が収まるまで笑いきって、謝罪合戦は幕を閉じる。
「オレが言いたいことはもうさっき全部言っちまった。だからこれは、勝手な決意表明だと思って聞いてくれ」
悔いを取り払ったツムギは未来への光を瞳に灯し、宣誓する。
「これまでオレは、自分を変える勇気がなかった。昔も、異世界でも、今までずっとだ。だからゼロになった今、改めてオレは始めるぜ」
彼の親指がトンッと胸に立てられた。
「お前たちにも胸張って話せる、オレの英雄譚をッ! オレが憧れるアスハとリリィに追いついて、自分自身が認められる本物の英雄に」
ここから始まる物語のプロローグに、ツムギは友への約束を選んだ。
「カッケェ自分になれるように、近くで見ていてほしい」
「ああ、君ならなれる。その輝かしい物語を、隣から見させてもらうよ」
隣で見守る読み手として、共に物語を紡ぐ仲間として、表紙をめくる代わりにアスハも自分の
「俺はまだ、自分の過去を克服できたわけじゃない。でも、背負いながら足掻いていく方法は見つけた」
その生き方は十字架を連れて握られている。
「罪人でいながら俺は、キミの友でいる。英雄ツムギの隣に立つ、英雄もどきとして」
互いに抱えていた確執はこれをもって断ち切られた。
しかし同時に、あと一歩足りない。そんな予感も二人は共有していた。
ツムギは約束の証としての何かを考えた。
「なあアスハ――」
一瞬の迷いが生じるも、ツムギは思い切って提案する。
「喧嘩しないか? 今、ここで」
突拍子もない申し出に、アスハも目を丸くした。
「ここでスッキリさせておきたいんだ。オレはバカだから、言葉だけじゃなくて、分かりやすい形でお前とこれまでの決着を付けたい」
ツムギなりに悩んだ末の手段。愚かだと理解しながらも、誠実に出した答えだった。
「もしオレから殴りかかれば、アスハも気兼ねなくオレをぶっ飛ばせんだろ……どうか―――ヴッ!?」
景気の良い右ストレートがツムギの顔に埋まった。
先に拳を入れたのは、アスハだった。
盛大に鼻血を噴き出して、ツムギは床に転がった。あまりに突然の出来事で、何が起こったのかすぐに把握できていなかった。
上着を脱ぎ棄てながら、半裸となってアスハはツムギの前に立つ。爽やかな笑みを浮かべたまま、羽山の下で鍛えられた体を露わにする。
「勿論、能力を使うのは無しだよ。これは男同士の喧嘩なんだから」
「……ッ! ああ、そうだな。全くその通りだ!」
ツムギも服を脱ぎ飛ばし、勢い任せに立ち上がる。
両者の間合いまで入り向き合ったまま、笑みと一緒に両拳を固める。
「誰かがここに来るまでに決着はつくよな」
ツムギが歯を見せたことを合図に、それぞれの拳が顔面に突き刺さる。
二人は避けることなく拳を受け、鏡合わせのように後ろへ反り返る。
「ごふァッ!」
「げぼっ!」
パンチの衝撃で脳は揺れる。その震えも収まらない内に、アスハはまたツムギに近づく。
「こ、こんなパンチ数発で、終わらせるなんてことないよね?」
「応よッ!」
互いの力を確かめた両者は、息を止めて拳を打ち続ける。
顔に、顎に、アバラに、鳩尾に。加減のない全力な、素手の拳が乱れ打つ。骨はひび割れ、口は赤に染まり、肌には飛沫が飛ぶ。内出血、骨折、擦過傷、そんな痛みには二人とも慣れていた。
「がぁッ、っつぇな。腰が入ってんなアスハよォ!」
「それだけモロに食らって耐えるなんて、どんな精神力しているんだキミは!」
力を込める感覚も、与えられる痛みさえ楽しむように、絶え間なく殴り合いは続行される。
スキルを使わない純粋な殴り合いも、勝敗にこだわる必要のない戦いも、二人にとっては初めてのものだった。
命を賭けない、大義なき争い。肉がぶつかり合う光景には似つかわしくない、どこまでも透明な清々しさがそこにはあった。
『拳での語り合い』という言葉通り、その行為はまさに二人の心地良い対話だった。
「うぐっ……ハハ」
「うがぁっ――へへへ」
向き合った二人は満面の笑みで、互いに拳を入れ続ける。肌が衝突する度に、衝撃が体を巡る毎に、彼らの間で友情が紡がれた。
「「おっらァ――!」」
一際大きな雄叫びが、二つの衝突音に合わせて響き渡った。
※
「おーいお前ら、大丈夫か!」
残党の完全駆逐を確認し、無島がビルまで帰還する。
アスハとツムギの魔力を感じながらも物音しない様子に、男は眉を寄せて辺りを見渡す。
「いつまで経っても降りてこねぇでなに――って、は?」
辿り着いた屋上で、ツムギとアスハは大の字に伸びていた。二人とも気を失い、床には至る所に血が飛び散っている。
血と痣だらけの二人を見て無島の血の気が一瞬にして失せた。
魔獣戦でのダメージを危惧して彼らの下へ駆け寄ったが、その心配は彼らの顔を拝んだ途端に蒸発した。
その勢いのまま、呆れた表情で無島は声を漏らす。
「……腹割って話せとは言ったけどな、本当に割るヤツがあるかよ」
顔中を腫らして血まみれとなった親友二人は、満足そうに笑って寝転んでいた。
同じ具合に緩んだ彼らの拳が、引き分けの決着を物語っている。
灰と炎の決着に、天翔ける星々は喝采の輝きを放っていた。
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