第四十二話 紡ぐ英雄

 ――オレは何者か。


 異世界の英雄、日輪の炎。そんな称号、思えば冒険者となってしばらく後に広まったものだった。


 ――オレは何者か。


 転生前の自分は教室にどこか馴染めなかった。なんとなく、周りに合わせるのが辛かったから一人になろうとした。友達は欲しかったくせに。


 ――オレは何者か。


 転生してからの自由気ままな冒険者人生は、順調そのものだった。

 ステータスウィンドウが成長とタスクを教えてくれて、ギルドの宿泊施設や報酬で旅はどうにかなった。


 なにより、人と話したい時だけ付き合いがあったのが楽だった。討伐の即席チームとか、任務後の宴会とか。気が向いた時だけ。


 ――オレは何者か。


 それでも、オレは人に生かされた。

 スキルの使い方も、魔法の打ち方も、戦い方も。教わって、受け継いで、真似して、再構築して。旅で出会ったみんなから、少しづつ、オレは継承した。

 そんなことも、忘れちまってた。


 ――オレは何者か。


 そう、始まりは一本のこん棒からだった。木の棒を剣に変えた。あの世界に適応するために、一つづつ地道に作り上げた。

 日輪、その名が轟くまではただの鍛造者クラフター。それが原点。


 その剣の鍛え方を、振り方を、バラバラの誰かに教えてもらいながら戦い方を知っていったんじゃねェか。


 ――オレは何者か。


 手にした武器は、誰かが使ってた現物のレプリカ。戦闘はどこかで見た戦士の真似事。称号は出会って来たみんなから得た経験を糧に掴んだ証。


 進んで来た苦難も、敵も、運命も、越えられるのは当然のことだった。だってそれは、これまでの全ての人達と繋いできた力だから。

 その結晶をオレは適応させただけなんだ。


 ――オレは何者か……なんてな。その答えをオレは、もう知ってたのかもしれない。



 ※ ※ ※



 炎と灰の少年達は流星を見上げて走る。

 地獄の門を兼ねた獣の塔。封印を解かれた巨獣の口から、魔物は無限に排出される。


「アイツどうやって倒せば良いんだ……アスハ、吹き飛ばせるか?」


「大丈夫だ、アレを完全に滅ぼす術はここにある。けどその力を使うために、君があの魔獣に一撃入れてほしい」


「なっ、オレが?」


「そうだ、君が決めてくれ。準備は俺達に任せてもらっていい。頼んだよ、英雄!」


 一点の曇りない仲間からの信頼にツムギの涙腺は限界を迎えた。

 切望したものが、願った光景が、自分の心を汲み取った友の言葉が、たまらなく嬉しかったのだ。


 袖で目元を一拭いし、ツムギはポケットから何かを取り出す。


「アスハ、使ってくれッ!」


 ツムギは数個の小石を投げ渡す。ただの石には高濃度の魔力が圧縮されていた。


「『最適化オートクチュール』で魔力を付与した石だ。爆弾にもリソースにもなる!」


「これは……! ありがとう、頼もしいよ」


「すまねェ、こんなことしか出来ねぇけど……」


「なっ、ツムギ!?」


 石を渡した直後、先陣切ってツムギは駆け出した。

 視線の先は自動車大の中型魔獣の頭。手には何も握られていない。


 アスハの脳裏に嫌な想像がよぎった。

 だが日輪に自棄も無謀さも抱いてはいない。友の目には彼の姿が、黄金色の光となって見えた。


「『最適化オートクチュール』――――使


 最適のスキルは発動対象を空間そのものへ広げる。


「『上っ面の秩序レッド・リミット』ォッ!!」


 ツムギの右手は虚空を引っ掻く。


「鉄のはらわた


 瞬間、迫った魔獣が刻まれる。ツムギの前方五メートルまで接近した個体は等しく、透明な箱の中で何重にも切り下ろされる。

 斬撃を食らった獣はシュレッダーにかけられた紙に似ていた。


 世界を変えるほどの影響は得られない。しかしその適応は、確かに刹那の法則をねじ曲げていた。


「ツムギ、それまさか……」


「お前の『限りなき無秩序アンリミテッド』の劣化版だ。オレの演算能力じゃここらが限界だけど、なァ!」


 上っ面の秩序はすぐさま崩壊する。

 脳を酷使した直後、単純な弓矢を砂利から作成してツムギは追撃した。


 弓矢を放ち、作りかけの短刀を振りかざし、飛び跳ねながら魔物を排除していく。


「すまねェアスハ、オレはお前に憧れてた。お前が強ぇ敵ぶっ倒して、辛い過去も乗り越えようとして、味方を背中に守ってる姿見たら……記憶ン中の自分と重ねて、嫉妬してた。ごめん!」


 一矢、一撃、一太刀に感情がこもる。少年の目頭に再び熱が走った。


「オレはずっと、そんな自分がもう理想から遠ざかってることに耐えらんなかった。でも今ならわかる。強いから、正義背負ってるからオレなんじゃねぇ。支えてくれる誰かがいたから、たまたまオレは英雄になれたんだ」


 動き回るツムギに魔物は寄せられる。しかし彼は足元へ適応を完了していた。


「オレの原点は、憧れから始まってたんだ」


 土から無数の手が隆起する。土石はツムギを覆う盾となりながら、ヘカトンケイルの拳で獣を討つ。ハエのように集る魔物は次々と殴り飛ばされて消滅した。


 露払いを済ませた盾が綻ぶと、土煙の向こうから少年は笑っていた。


「大事なこと思い出せた。ありがとな、アスハ」


「それは俺も同じだ、ツムギ」


 アスハの手に一つの石が握られている。それはツムギの魔力石だ。

 石は拳の中で輝きを放ち、変性していく。


「キミに出会わなければ、俺もこの技に辿り着くことはなかった」


 その技は羽山詩連の下で訓練を続けていた、浸礼魔法とは別のもう一つの技術。


「『限りなき無秩序アンリミテッド』付与――『適応化オーダーメイド』」


 次の瞬間、石は槍へと変貌した。


「アスハ、もしかして!」


「作らせてもらってすまないけど、これそんなに持続しないから――ねッ!」


 生成された石槍をアスハは彼方へと投げ放つ。全身の関節を駆動させて投げた槍は放物線を描き、遠くの魔物の群れへ着弾する。

 槍が数体の魔物を貫通したのも束の間、槍は無数の棘を生やして周囲の獣全てを串刺した。


 未完成で、持続力の無い、それでいて暴力的。しかしそれでも模造品は、確かに道具としての最低性能を備えていた。


 まさに『最適化オートクチュール』の紛い物だ。


「俺だって、キミの真っ直ぐな心根を追いかけてたさ」


 残された石を仕舞い、灰燼は十字架の剣を抜く。


「キミのように、世界を救ったって胸を張れる英雄になりたかった。それぐらい『赤原績』って男の存在は眩しかったんだ。だからそんなキミに俺が言えることはないと、勝手に物怖じしてしまった」


 魔物を斬り付け、浸礼魔法で茹で去る。時に蹴りつけ、断面から焼き尽くす。


 青年は試練により身に着けたその力を、正しく英雄として歩き始めたその戦い方で、目指した英雄ともに相対する。


「俺は英雄としてのキミにじゃなく、友達としての『赤原績』って男にぶつかるべきだったんだ」


 過去の憂いはなく、あるのは友としての矜持のみ。


「キミと、この出会いに感謝を」


「アスハ……ありがとう。オレからも感謝する」


 彼らは互いに同じ、孤独の英雄だった。


『異世界帰還者のスキルが全盛期より成長することはない』。しかし、精神の成長に限界値はない。帰還したこの現世で巡り合い、通じ合った彼らの成長は、誰にも止められない。


 本来交わらぬ運命だった別々の異世界を生きた者達。その運命の交差が彼らを加速させる。


 可能性の核融合はここに臨界した。


「本当、難しいね。物に能力乗せるのって。耐久性が特に脆い」


「お前も、よくこんな空間の演算間に合ってるよな」


 周囲の魔物を撃墜させる中、その二人だけが戦場で屈託のない笑みを浮かべていた。


「さて、雑魚は減ってきたみたいだね」


「だけどよ、アイツの方がそろそろヤバそうじゃねェか?」


 巨獣の出産が――――終わった。それは即ち、解放の狼煙だ。


 残党の獣共は無島達によって蹴散らされる。だがそんなものとは比較にならない脅威が息を吹く。


 巨獣の両腕は振り上げられ、これまでにない雄叫びを上げて存在を誇示した。


「羽山さんの封印も効果切れか。暴れ出す前に仕留めないとだ」


「はねやま? 誰だそのひと」


「俺の先生。すごい人だったよ」


 怪獣の意識が覚醒するまさに寸前。ここが最後の正念場だ。


「魔獣が動き出す。みんな、攻撃を叩き込んでくれ!」


 その願いに乙女は答える。


「リリィぢゃああぁぁぁあんまっでぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「その子行儀良いから、アンタは待ってなさい山里」


「ひええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」


 白蛇に山里の警護を任せ、魔法使いは飛翔する。杖から伸びた魔法陣、その紋章より神獣が馳せ参じる。


「御霊ノ神獣、其の怨敵を噛み砕け!」


 白影の大獅子が上半身を顕現させる。百獣の王は牙で怪物の首元へ食らいつく。

 この強襲には魔獣も堪えたようだ。生え揃った両腕で神獣の腹を鷲掴むも、獅子は牙を収めない。


 大獅子と巨獣の力比べ。最も警戒すべき両腕が塞がった。


「彼はあまり長くないから、今のうちに攻撃お願い!」


 獅子が食らいかかる一方、魔獣は背に生やした翼を制御し始める。

 地上より飛び立つためでなく、眼下の神獣を薙ぎ払うため竜翼を動かしたその寸前。


「地脈の魔獣とか言ってたな。だったらこの根もてめぇの一部だよなぁ」


 途端に瘴気が中和される。魔力諸共消されていくその力を巨獣は拒めない。


 なぜなら地上に張り巡らせた肉の根から、強制的にその魔力を回帰させられているからだ。


「ご丁寧に生やしやがって。手入れがなってねぇ」


 ――最大戦力、無島総吾。魔物排出終了後より僅か二十秒で殲滅。


 全解放の『空想回帰』を地脈から巨獣へ供給し、その巨体を制御不能状態へ追いやる。


「赤原、凛藤、ぶちかませッ!」


 地脈から魔力を吸い続ける獣はこれでもまだ消え去らない。

 大地を犠牲に生へ抗う魔の獣。されどその抵抗も終幕が近い。


 ――怪獣の眼前に、英雄が迫っていた。


 別の空の下で幾千もの怪物を討ち、名を轟かせた太陽の如き大英雄が、剣を振り上げている。


「『最適化オートクチュール』最大付与……」


 いつしか見た剣、いつしか見た剣技、その真似事。

 しかしその模倣がもたらした武勇には、一切の偽りなし。


 この世界に存在しない不砕の鋼が、渾身の力をもって振り落とされる。


偽造聖剣デミ・エクスカリバーァァァァァァァァァァァァァ!」


 滝が如き斬撃を、隕石が如き衝撃を、糸が如き太刀筋を、獣の頭部に刻んだ。揺れた髪のような黄金の刃が雷鳴を轟かす。


 飛び出た口は切断され、腕は骨ごと断絶される。落とされた自身の腕を拝み、巨獣の意識は遮断された。


「目標確認ッ、オレの最大火力を込める。合わせてくれアスハ!」


 合図を受け取り、アスハは託された十字架に口付けを添える。


「粛清兵装展開、アルパージ最高出力装填」


 十字架は対地形ライフルへ変貌し、銃口が目を覚ます。

 粛清兵装へ流し込まれる魔力は浸礼魔法に変換、増長、反発を経て、アスハの浸礼魔法で追補強される。


「『最適化オートクチュール』魔力凝固、破壊性能向上……」


 剣技の衝撃のままツムギは吹き飛び、アスハの大砲まで舞い戻る。


 大砲の発射数秒前。浸礼魔法で満ちゆくアルパージへ、日輪の手が触れた。形成された魔力は弾丸と化す。


「『バレット・オブ・デイライト』」


 流星が降るその夜に、眩い黎明が放たれた。

 天も地も関係ない、闇を飲むほどの陽光が一束の道となって、巨獣の半身へ照射される。


 紅蓮も、黄金も、純白も、色さえ置き去って光は突き進んだ。


 暗影を破り抜けた朝日を目にし、少年は答えを得る。



 ――オレは、赤原ツムギ。人の縁を紡いでから初めて、日輪に届く炎。

 その残り火で仲間の道を照らす、異世界帰宅部の炎だ。


「ここがオレの、アルカディアだッ!」


 この天空にも日輪の炎は煌々と昇っていた。

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