幕間その2 そのジェラート、甘すぎにつき

「今日は部活でやること決まってないんだっけ。部室で宿題もちょっとやってこうかな」


 いつもより少し遅い登校時間。授業の無い、ただ部活に行くためだけの登校。アスハにとってはなんてことのないただの夏休みの一日だった。


 アイス屋の前で泣きべそをかいている成人男性を発見するまでは。


「そこのぉ、高校生のお兄ちゃん。助けてくれぇ」


「えっ俺ですか?」


「だのむぅ、店の一大事なんだぁ……」


 あまりにみっともない泣き顔で彼はアスハの足にしがみ付いてきた。


 アスハに泣きついてきた男は、このアイス屋の店長だという。店の奥に案内され事情を聞いたアスハは、店主が助けを求めた理由に目を丸くした。


「シフト調整間違えて、バイトが全員休み?」


「そうなんだよぉ。みんな旅行とか遠出してるから今日だけは無理って。もう予約が入ってるのにぃ」


「他に社員やパートさんとかは?」


「いないよぉ、僕の個人店なんだもん」


「管理体制がずさん過ぎますね」


 ここはテレビでも紹介されたほどの人気店。車屋台の店とは規模が違い、一人では到底ではないが手が回らない。


「それにしても、アイス屋さんって感じではないですよね。ケーキ屋さんやスイーツショップみたいな」


「元々はパティシエなんだけどね。割と初期費用が安価で、スイーツの試作品も色々作りやすいって理由で、このアイス屋を始めたんだ」


 以前にこの店のジェラートはアスハも口にした。無島からご馳走されたあのアイスの濃厚さとまろやかさはまだ彼の記憶に新しい。元パティシエとは納得の腕だった。


 そんな名店の手助け、ましてや泣きながら助けを求めて来た人間の頼み。アスハが断るわけがなかった。


「今日だけなら、請け負いますよ。もし予定が合えば、もう二人応援に来れます」


「本当かい!?」


「ええ。うちはそういう部活なんで」



 ※



「いらっしゃいませー!」


「新作のアップルフレーバーは数量限定で〜す!」


 駆け付け早々、異世界帰宅部はエプロン姿で接客をこなす。リリとツムギは声を張り上げて客呼びとアイス運びに励んだ。

 開店直後、十分も経たずして店内は満席。外に行列も出来ている。


「アスハ~! ミント四つとクッキークリーム六つ、あとストロベリーは八つ。全部カップだって」


「了解だよリリィ。バニラとパフェスペシャルは出来上がったから持って行って」


「わかったいま――あ、いらっしゃいませどうぞ~! つ、ツムギお願い」


 リリに関しては看板娘さながらの働きっぷりだった。


「ここのアイス屋、そこら辺のケーキ屋並みにメニュー数あるンじゃねぇの? 多すぎだろ」


「まずいよアスハ、店外の行列の最後尾が見えないとこまで伸びてるよぉ」


「急いでるけど、それでも追いついてないよ」


 アスハは単純なアイスの盛り付けのみだが、それでも間に合わない大盛況だ。

 三人が奔走する中、悪魔の一言が店の奥から通達される。


「団体様の予約入ったよ~。店内で十一時から六名様」


「「「え?」」」


 彼らの動きが一瞬止まり、視線は店長に全て向けられる。


「あ、あの店長さん? もうとっくに満席なんですけど……」


「多分いけるでしょ! この調子でジャンジャカやっていこう!」


 この人、料理の才だけで経営向いてないわ。と、口から今にも零れそうだった言葉を三人は無理矢理飲んで懐に収めた。

 泣き言を言う余裕もなく、臨時バイト達は客を捌いていった。



 ※



「ぜぇ、ぜぇ、想像以上にしんどかった……」


「狭い店内でぶつからないように作業するのが、まさかこんな大変だったなんて」


「『最適化オートクチュール』で靴と服を軽くするぐれぇしか、できなかった」


 太陽が高く上がった昼過ぎ、アイスが売り切れたことによってようやく全ての接客が終わる。テーブルに突っ伏してアスハ達は満身創痍でダウンしていた。


「アスハは良いなぁ~調理担当」


「盛り付けだけなんだけどね」


「それでそれで、スキルで楽できたの?」


「うん。バレない程度に分身とか、高速移動とかでね」


「う~ら~ぎ~り~も~の~!」


 ヘロヘロになった腕でリリがアスハの頬を引っ張る。


「アスハ君、最後の仕事だ。新作の試食を頼みたい。二人はもう上がっちゃって良いよ」


「「はぁい……」」


 厨房奥に案内されると、アスハの前に新作ジェラートが出される。

 見た目は変わりないが、ほんのりと香る匂いは既存の商品よりも甘いものだ。


「新作フレーバーだ。食べてみてほしい」


「では、頂きます」


 アイスのスプーンを口に入れた瞬間、アスハの口内でかつてない甘味が広がった。牛乳を直に搾って飲んだかのような、濃厚な味わいはまさに異世界的な美味さだ。


「美味しい……! あ、けれど少し甘過ぎるかもしれません」


「ほうほう、どの程度だい?」


「少し、本当に少しだけ、後味にしつこさがあって……ああでも、風味そのものは良い匂いだから変えなくて良いと思います」


「なるほどね、ありがとう。貴重な感想助かったよ!」


 メモを取ると店長は満足したような表情を浮かべ、アスハに封筒と袋を手渡す。


「そうそう、これお駄賃とお礼のアイスね。お友達の分もあるから。また来てね」


「ありがとうございます。次はただの客として食べに来たいです」


「はっはっは、バイトになってくれても良いんだよ」


 アスハは渇いた笑い声で結構ですと食い気味に答えた。


 店を出て早々、三人は報酬のアイスを口に運んだ。一日分の疲労を相殺する甘露で口から脳までが満たされる。


「うんめぇ~なぁ! アイスの味はマジで一級品だよ」


「辛うじて潰れてないわけよねぇ」


「バイトさん達の苦労が分かったね」


 ジェラートの甘味に声を上げるアスハ達の後ろで、店長は嬉しそうに手を振っていた。


「またきてね~! ……さてと」


 見送り終えて店長は厨房へ戻る。泡立て器を手に持って、鼻唄交じりに新作フレーバーの改良案を考えていた。


「それにしても、ミノタウロスのミルクは甘過ぎるか。次はコカトリスの卵でも使ってみようかな」


 店長は厨房の冷蔵庫を開いて、


 ――冷蔵室の奥にあったのは食材ではなく、雄大な自然の中に立つ牧場だった。

 空にはドラゴンが、地上にはコカトリスやグリフォンが策の中で暮らしていた。放し飼いも同然な幻獣家畜達は自由気ままに動く回る。


「ハハッ。異世界と違って、やっぱり現代の人達は舌が肥えてるなぁ。ま、それに答えてこそだけどね」


 その異世界菓子職人パティシエは走り出した。手に握った泡だて器を、勇者の証たる聖剣へと変えて。

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