幕間その3 竜を落とした日
「凛藤って、オカルト部に入ったって話。あれガチなん?」
「え? あ、うん。本当だよ」
「嘘じゃなかったのかよー! ホントにそんな部活あったのか。俺も入ろっかな〜」
夏期講習の休憩時間、アスハに危機が訪れる。クラスメイトが彼の部活に興味を抱いてしまった。
オカルト部は異世界帰宅部の仮の姿。下手に外部から人が入ってしまっては本末転倒だ。
「で、でもオカルト部らしい活動はあんまりしてないんだ。テレビの都市伝説の検証とか、降霊術を試してみたり。あと、友達は黒魔法? だったかの練習してたね」
「え何それ禍々しっ」
「ただ内容が内容だから、顧問から美化委員の手伝いとか、雑用押し付けられたりも結構……」
「それどこの学園生活支援部だよ。こっわ」
同級生の興味関心を削ぐ代わりに、何か大事なものを失った。そんな感覚にアスハは襲われた。
その最中、彼のスマホの着信が鳴る。
「はいもしもし」
『凛藤、俺だ。至急頼みがある』
「無島さん?」
『さっき異世界帰還者の対処してる間、超大型の竜種を取り逃した。今は街の上空を飛行してる』
「今ですか!? こんな昼間に」
『異世界帰宅部への依頼だ。竜の討伐を頼みたい』
「でもまだ学校です。早退しようにも迂闊に抜けられません」
『そこをお前の
「要求が無茶苦茶ですね。まあでも、俺だけなら抜けられます。数分後に向かいますね」
『なら頼んだぞ。悪いがこっちは帰還者の拘束で動けねぇ』
「討伐依頼、受諾します」
電話を切ると、再び同級生からの詰問が始まる。
「どしたのアスハ、電話の人だれ?」
「あーえっと、都市伝説仲間のひと? 部活で知り合った人から、ね」
「お前の部活まじで大丈夫かよ」
クラスメイトからの信用度が確かに下落した。その事実にアスハの胸へチクンと刺す痛みが生じる。
『はぁ……ってことらしいよ。二人とも』
『把握したわ』
『オレも同じくだ!』
リリの読心魔法の応用でアスハは情報共有を済ませていた。
彼女自身の力が全盛の状態に近づいた事で、この念話は意思疎通を取れるレベルまでに達していた。
『討伐には俺が行く。
『アタシが行くよ。認識阻害の魔法でこの時間中なら問題な……』
『オレそっくりのレプリカを
「自分が行くから安心しろ」と全く同じ思考が同時に送られ、三人は小さく吹き出した。
『これはみんなで、かな』
『そうね。行きましょっ』
『決まったら早速、ドラゴンハントの始まりだッ!』
※
――その巨竜は蒼穹を泳いだ。並走していた飛行機を追い抜き、雲を割きながら空の青海を進む。生命へ明確な憎悪や殺意を持っているわけではない。ただエサとなる街の魔力源を求めて放心的に飛んでいるだけ。
だからこそ、その竜は悟れなかった。背後から高速で迫る大剣と、それにしがみ付く三つの魔力を纏った脅威に。
「ひいぃぃぃぃ!? 落ちる落ちる落っこちるよぉぉぉぉぉ!」
「落ち着いてリリィ。これでも速度は抑えてるんだ」
「これで? バカじゃないの!? いつもこれ以上に飛び心地酷いの?」
「ツムギと俺の加速なら、音速は簡単に超えるし負荷も重力の倍はあるかな」
「だったらアタシの転送魔法か召喚術使った方が良かった――」
「「それじゃあ爽快感がないじゃん」」
「まっ……たく、この男子どもはぁ!」
最適化されたヘアピン製の大剣は瞬く間に巨竜の背後百メートルまで接近する。
「標的補足、攻撃範囲内だ。被害が出る前にこの上空で処理しよう」
自動車サイズになった刀身の上でアスハは立ち上がって、慎重に『
その間に大剣へしがみ付いていたリリがその手を離し、飛行する勢いそのままに魔法を展開した。
「神聖魔法、早少女の抱擁」
少女の抱擁の如く、ドラゴンの翼や脚部を光のヴェールが纏わりついて縛る。
魔法で竜の体躯を捉え、自分と繋げ止めながらリリはその背に飛び移った。
それに続くように大剣に乗ったままツムギが竜の背にその刃を突き立てる。硬い鱗を突き破り、内部にめり込んだ剣へ更に変形を加えた。
「『
刃は無数の槍へと変貌して竜の背に鉄棘を生やす。肉の中から串刺しにされる痛みは、ドラゴンに苦悶の叫びを吐き出させた。
竜が自らの皮膚ごと外敵を焼き払おうと、背に長い首を向けたその時。
「拘束、行動停止」
巨竜の眼前を浮遊するアスハが先手を打った。
彼の言葉通りの事象が、少女の拘束を上回る強制力となって竜のブレスを中断させる。火炎を放つその口は無秩序なルールによって閉ざされる。
「悪いけど、攻撃する前に終わらせてもらうから」
ドラゴンの動きはこれで完全に封じた。が、ここで新たに問題点が発生する。
翼の推進力を失った巨躯が勢いを失い、地上へ螺旋状に落下を始めた。
「おい、降下し始めてンぞコイツ!」
「アスハ、アタシ達の火力だと鱗が硬くて通せそうにないわ」
「分かった。なら俺が……」
二人を離脱させて攻撃を放とうとした刹那、アスハは竜の腹部に大きな十文字の傷跡を発見する。血液の代わりに、そのカサブタの奥からは微量な魔力が滲み出ていた。
「ツムギ、リリィ、竜の腹に傷がある! 皮膚も一際薄い。きっとここが弱点だ!」
「傷なんて魔獣につくのか?」
「その弱点に攻撃するのね」
「――みんなで、一気に叩こうか」
その魔物はアスハにとって難敵では決してなかった。けれどふと彼は、共に戦う仲間に頼りたくなったのだ。
不意に見せた灰燼の我がままに、少年少女は一も二もなく応じる。
「ラジャッ」
「分かったわ!」
ドラゴンにしがみ付いたままだった二人も宙に身を投げ、目標を竜の腹部へ集中させた。
薄紅髪の絡んだ杖は魔力を孕む。金髪から取られたヘアピンは嚆矢へ変貌する。灰燼の青年はルール設定における脳内演算処理を終える。
砲撃のタイミングは、ツムギの合図によって合わせられた。
「火力最大――」
アスハ達の手から、それぞれ三種の光芒が放たれる。激しい光と火花を散らして、三色の光線は瞬く間に竜を焼き尽くした。
「「「
ビームが竜で交わって一つの光球へと変わった時、鱗に覆われた巨体は爆ぜて跡形もなく消滅する。
爆発は竜を飲み尽くすと虹色に輝く花火となり、昼間の空で帰還者の彼らにしか見えない鮮やかな色彩を生み出した。
※
「ふぅー、間一髪だったわね~」
「すごかったぜ、昼間なのに花火みたいに散ったな」
「ちょっと、やりすぎちゃったかもね」
巨竜を撃破して地上へ戻った三人は自分たちが放った花火を見上げながら、適当なビルの屋上で一息つく。
二人が依頼達成の連絡を無島へ入れる一方、アスハは先の戦いで抱いた不審点を振り返る。
「……それにしてもあの刀傷、いつ付けられたものなんだろう」
竜の腹に刻まれたあの傷は、状態からして治りかけだった。強力な再生力を持つ種の回復方法ではない、普遍的な治癒過程。それは魔法やスキルの回復手段を持つアスハだから気付けた違和感だった。
治りかけ、つまり数日以上前に竜の存在を視認できる何者かが、あの傷をつけたということ。
「無島さんか組織の人がつけたのか。それともまた別の……」
「そろそろ行こうぜアスハ~」
「早くしないと夏期講習終わっちゃうよ~」
二人の声で我に返り、アスハは起き上がる。
「ごめんごめん。じゃあ、行こうか」
スキルで飛ぶようにして三人は屋上伝いに学校へと戻っていった。
――夏のとある日にあった、異世界帰宅部の日常の一コマ。
その青く風のように吹き抜けた八月の匂いは、灰で覆われた青年の心を明日が続く方向へと進ませた。
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