幕間その4 とある議事録

 ――結論から述べよう。これはとある集会の議事録、その一部である。



 八月十一日。監督役、無島氏による保護観察対象帰還者の定例報告会議。

 長官達は円卓、或いはディスプレイ越しに座して無島氏に言葉をかける。


「先日の異世界帰還者襲撃事件、無事に解決したようで何よりだ」


「ただ無島くん、今回も派手にぶっ壊したね……いやまあ、人身に関わる事態が起きなかったのは良いんだけど、その」


 長官複数名は歯切れの悪い言葉で一人のエージェント、無島氏に苦言を呈する。


「多少は俺も考えましたよ。ただそれにしても、あのデルネウゾとかいう詐欺野郎は油断できない相手だった。反撃の前に叩きのめすが正解だと思ったんですが、それじゃご不満でしたか?」


「だ、だよね~。それなら……うん、ごめん」


 不遜な態度を曲げない無島氏。だがそれを咎める者はいなかった。


「ところで、グリフェルトの方はどうです?」


「彼は意識を取り戻した後、の監獄に収容されている。ぶっ飛ばされた時に毒が抜けたのか、抵抗せず今も頭を冷やしているよ」


 ――補足情報。グリフェルト・ネビレウス。千景学園襲撃事件の主犯格であり、現在は組織で身柄を拘束中の要警戒異世界帰還者。瘴気が抜け、現在は小康状態にある。


「ンじゃ、例の報告ですね。異世界帰宅部所属の三名、その能力と人物像の全容について」


 無島氏の合図に合わせ、暗い室内の巨大モニターに三人の少年少女が映し出される。

 長官らは食い入るようにモニターを眺めた。厳粛な空気はなく、その場の聴衆はみな好奇の眼差しを向けていた。


「鹿深近リリ、俗称リリィ。彼女は優秀かつ冷静な判断力と手数の豊富さが強みです」


 薄紅髪の少女がまず画面に表示される。映像では少女は複数の獣を使役し、敵勢帰還者と交戦していた。


「『迷える獣たちストレイヤーズ』。彼女が使役する召喚獣や伝承的な存在ではありませんが、神獣の域に昇格されている。多種多様で未知な切り札も多い。この時点でまず貴重な戦力です」


 白蛇、蝶、牛など幅の広い召喚獣、それらを使いこなす器。少女の技量の高さに好意的なざわめきが広がった。


「加えて神聖魔法、こちらは更に多彩です。攻撃、回復、サポートなどに優れた魔術を会得しており、攻守ともに隙が無い。特に女神や植物に由来する魔法は別格の効力を発揮する」


「なるほどな。して、その情報は記録のみの話か?」


「入院時に彼女の口からも直接聞きました。他にも時空間への干渉も多少は可能であるとか。こちらの詳細はまた別の機会にとのことです」


「無島君から見て、彼女の評価はどんなところだね?」


「肉体に引っ張られて多少精神は年相応になりながら、戦況全体の把握力が群を抜いていますね。指揮能力も秀でている。鹿深近リリと協力関係を結べたことはかなりの成果かと」


「リリィ、百合の花か。花というよりは植物そのものの。並々ならぬ不屈の精神と心根の強さ、瞬発的な判断と火力の高さ。良い協力者を得られたものだ」


 一人の声に多くの者達が頷いて見せた。

 少女の話題も熱い内に、説明は金髪の少年へ移る。彼の特徴的なヘアピンや装飾品に目がいく者も少なくはなかった。


「赤原績、スキルは『最適化オートクチュール』。物体に付与することで変形、変質、能力発現を起こし場に応じた道具を作成するスキル。本人曰く、全盛期であれば肉体改造も行えたとか」


「道具作成スキルは有用な人材だ。我々としても必要としていたところ」


「異世界帰還により弱体化はしているものの、本人は現在も鍛錬を続けているとのことなので、成長は見込めるかと」


 モニターに少年の戦闘データが映し出される。


「性格は言ってしまえば実直で友情や正義感に熱い。一方で無鉄砲さや直情的な行動が見られるといったところですね」


「なんだか、漫画の主人公みたいな子だね」


「それゆえ、危うい部分も持ち合わせています。彼はスキルや様子から察するに成り上がり系。そして異世界で身に着けた正義感と自己肯定感、という点が個人的に引っかかります」


「後付けの正義感と英雄としての矜持……奇しくも『瘴気』に犯されやすい帰還者の特徴に当てはまるな」


「赤原もまだまだ不安定な年頃の精神。俺の方でもフォローに回りますが、他二人の存在が上手く働くことを期待しています」


 金髪の少年への評価が落ち着いたことで、一同の関心は次の彼へ向いていた。


「そして我々お待ちかね、凛藤明日葉くん。だね」


「昨今の異世界帰還者の中でもまた規格外。まさに無秩序な権能」


「我らが最高戦力、無島総吾を凌ぐ力とは。期待が高まるな」


 その実態を既に知る者もいるようだ。一部の長官達の間では彼の話題で持ち切りになっているのだという。


「皆さんがまず気になっている彼のスキル、そこから報告しましょう」


 満を持して説明は件の彼の詳細へと移る。


「『限りなき無秩序アンリミテッド』。彼が思ったままに物理法則を上書きし、あらゆる事象を実現させる能力」


 映像越しに目の当たりにするスキルの詳細と効力に、一同は息を飲んだ。


「彼は物理法則と謳っていましたが、魔力も問わず能力の対象です」


「以前のデータでは、姿や気配の遮断。それと大気を纏った汎用性のある強化装甲。あれには驚かされたね」


「『限りなき無秩序アンリミテッド』の恐るべき点はそこです」


「というと何だね?」


「物理法則の上書きは。魔力は勿論、気配遮断や大気を纏うといった非科学的な事象も現世の法則を乱さず可能にしてしまっている。これが肝心なんです。この世界の理を一時的に無視して実行するという意味での『物理法則の上書き』。最強格に値する能力です」


 事実上、どのような事象であろうと実現させる能力。その総評は「まさに無秩序」という一言に尽きた。


「改めて聞くとやはり、凄まじい性能だな。『限りなき無秩序アンリミテッド』とは」


「もはや物理法則の上書きという次元を超えているじゃないか」


「彼の異世界で相当過酷な経験をしたのでしょう。自責の念で精神がかなり不安定な状態に至っていましたが、そこは先ほどの二人がケアを行ったことによって一時的に冷静さは取り戻しました」


「凛藤君が『瘴気』に犯されていなくて心から良かった。アレと全面戦争にもなれば当初の目的達成はおろか、世界の危機になりかねない」


 好奇、安堵、期待の声で溢れる中、無島氏が発した一言で更なるどよめきが生まれる。


「……これはあくまで所感ですが、凛藤は俺と同じタイプの帰還者。同種だと考えています」


「なんだとッ、確認は取れたのか!?」


「まだです。過去について彼が俺にも話してくれるのを待つしかありません。ですが確定でまず間違いないでしょう。世界に影響を及ぼすほどのスキルを、高レベルのまま保持している。凛藤の精神的なリミッターを鑑みれば、全力のスキルは更に影響力が大きいに違いありません」


「――いずれにしても、彼らは信頼に足る協力者達だ。今後とも彼らとの関係は良好に頼むぞ、無島くん」


「ガキのお守りなら問題ないですよ。そして皆さん、私の方からもお聞きたいことが二点あります」


 説明を終えてネクタイを緩めながら、無島氏は長官達へ質問を投げかける。


「奴等にかかりっきりでその後を知らんのですが、石鐘の件はどうなりましたか?」


「依然変わらず、我々のエージェントが目撃したのはあの一度目のみ。あれ以降、一切の動向が掴めていない」


「そうですか。失礼しました」


「して、もう一つ聞きたいこととは?」


「前回以降、捉えた者の中で何人……『異世界帰還者』という言葉を知っていましたか?」


 しばしの静寂が流れた後、一名の長官がその問いに答えた。


「――全員だった」


「やっぱりそうか……これで仮説に一歩近づいた」


 無島氏の表情はどこか険しさを帯びていた。


「俺が凛藤の口から異世界帰宅部のことを聞いた時には耳を疑った。なぜやつらも『異世界帰還者』って名称を使っているのかってな」


「元々、我々の組織内でしか使われてなかった呼称だ。当初は内通者を疑ったが、結果としてそのような事実はなかった」


「だから聞きましたよ、あの二人に。異世界帰宅部を立ち上げた鹿深近達に」


「彼女達は、何と言っていた」


「――頭の中に降ってきた言葉を使っただけ。妙に馴染んだからそう名付けただけだって言ってたさ」


 無島の口調から丁寧さが失せる。それほどの動揺が見られた。それは他の者も同じだった。


「他の帰還者と同じことを!」


「ここまで来ると、偶然の一致では片づけられないな」


「我々には見えていない存在からの、メッセージ……そう思えてならないな」


「来たる災厄の日、ラグナロクに向けて備えなければな……」


 ざわざわと声が上がる会場内。自分の上司達がはしゃいでいる所に水を差すように、無島氏は冷めた口調で提案を上げる。


「あのーすんません、報告とは関係ないことっすけど。毎度毎度この闇の組織風な会議すんのやめません? 普通にやりましょうよ。場所取りも大変ですし」


 しばし沈黙が流れた後、長官達の幼稚な抗議の声が飛び出した。


「うるさい! こっちのがカッコいいんだもん!」


「そーだそーだ! 異世界でもこっちはこの調子だったんだ!」


「中二病患者ども……」


 無島氏の呆れた独り言が小さく集会場に響いた。

 書記の私も「このアングラ感が良いんじゃないか!」と野次を飛ばす。



 ――議事録のデータはここで途切れていた。

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