第二章 矜恃と信仰 / 枯れぬ愛
第二十五話 狼煙
その真夏の夜は獣が哭いていた。
「足は抑えた。頭部に打撃を!」
野球場を闊歩するのは高さ二十メートル級大型魔獣、犬の体に蛇の頭が生えたような奇形の怪物だ。
しかしその獣は虫の息。脚を損傷した上で土の鎖で拘束され、絶命はもう間もなくのことだった。
「神聖魔法、裁きの法。『主の怒り』!」
少女の一声で天雷が下り、断末魔を発する魔物を焼き討つ。あとは消滅まで迅雷を浴びせるだけのことだったが、突然金色の髪を揺らす男の影が前に出た。
「トドメだイっけェ! 退魔の《スレイヤー》――」
「ちょっ、ツムギ前ッ!」
リリが忠告した頃には魔獣の口がツムギを覆っていた。彼の背に冷ややかなものが走る。
「しまっ――」
牙揃いの門が閉まる寸前、怪物の身は心臓を中心点に押し潰される。
「特定領域、過重力」
まばたきの隙もない内に魔獣はひしゃげて手のひらサイズの肉の球になった。肉玉はアスハの手の中で転がされ、燃えカスのように消えていった。
「大丈夫? ツムギ」
「あ、ああ……おかげで助かったよ」
「最近は魔獣の数が多い。無理はしないようにね」
「もうツムギ~、無鉄砲に突っ込みすぎだって!」
瞬きの時間で完結した情報を整理し切れないまま、波打つ心臓を押さえてツムギは放心する。
「それにしてもアスハっ、何だか前より強くなってない?」
「出力が全盛期に戻り始めてる。精密性も向上した。異世界帰還者相手にはまだ使えないけど、単純な魔獣の相手なら中距離即死攻撃も可能になったよ」
「凄い進歩じゃん! でも無理は禁物だからね。制御がブレそうってなった時はアタシらに役割振っちゃって」
「リリィは頼もしいね」
「へへ~そんなことあるかも……ツムギ? どうしたのよ、ずっと固まってて」
「えっ? アー、なんでもね。ちょっとぼうっとしてた。ハハハ……」
はぐらかすような返事に違和感を覚えるも、リリはさして気に留めなかった。
いや、もしかすれば彼女は察していて、あえて見なかったフリをしたのかもしれない。
――それはリリが何度も目にした、軋轢の前兆に似ていたから。
※
翌日の午前十時半過ぎ。額に汗を滲ませるアスハはエアコンの効いた部室へ転がり込む。冷気を浴びているその顔をすっかりとろけていた。
「ごめんね、夏期講習が延長したせいで遅れ……あれ、ツムギもまだ?」
飼い猫を撫でる片手で、リリは手作りかき氷をスプーンでつっつく。
「ツムギ今日休みらしいの。な〜んか用事があるんだって」
「それなら仕方ないか。明日は会えると良いね」
自分の分のかき氷にシロップをかけている最中で、アスハは彼女にいつもの明るさがないことに気付く。
溶け始めるかき氷を気にする素振りもなく、リリは訝しげな表情を浮かべて遠くを見ていた。
「最近さー、ツムギ学校来なくなったよね。何かあったのかな?」
「クラスで友達と何かあったとか?」
「それはないと思うなー。アタシはクラスメイトとも教室じゃ仲良いけど、ツムギは案外一匹狼なんだよ」
「それは意外。むしろ気さくで友達多いタイプかと思ってた」
※
「なっ、クソォ! 最大所持は10個が限界か。ストック足すほど精度も耐久力も落ちてる。こんなナマクラじゃ魔獣に一撃も入れらんねェ……」
無造作に散らばった武器。どれも不完全、歪、そして不出来な代物だった。剣も銃も盾も、脆く中途半端な状態で転がっている。
それもツムギの苛立った蹴りの衝撃で元の文房具に戻ってしまう。
「強くなるんだ。あの時みたいに。もっと、もっと、皆から頼られるように。俺に任せてもらえるように」
暗い部屋で武器を錬成し続ける彼の目は血走っていた。身を焼くような焦燥が血となって、瞳から零れ出る。
握った拳は乾いた血で黒ずんでいた。
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