第三十一話 モテ期、死す。働け女たらし!
「な~んか、やることないわねぇ。こっち戻ってきてからすぐにツムギと知り合ったし、一人で悩むことって久しぶりかもね」
カフェのテラス席に座るリリはカフェラテを啜る。テーブルのケーキはあまり手がつけられていなかった。
「無島さんが言ってた通り、年齢相応に精神が引っ張られてるみたい。アタシも」
笑い合う友のいない静寂に耐えかねていた頃だった。雷でも落ちたかのような刹那の時、数キロ先の街中に超大型の魔獣が出現した。
「なにあの大型魔獣……地面から生えてる? 最近はツムギとアスハが相当数狩ってるはずなのに」
魔法による残像の自分に支払いを任せ、不可視の神獣を召喚してリリは飛ぶ。霊鳥の背に捕まりながら、魔獣の全貌を確認した。
「あれ、本当に魔獣?」
地面から生えた巨大な触手は植物のように芽吹き、中央の幹のようなものの先端には獅子の顔がある。獣と称するには今までの個体とは逸脱した禍々しい形態だ。
「不気味だけど、この規模なら焼き払えば……って、まだ民間人が!」
「だあぁずげでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
魔獣の出現した根本で四つん這いになった二十代程の男がいた。腰が抜けているのか、震えたままそこから動いていない。
涙と鼻水をまき散らして、男は悲鳴を上げる。
「なんでこうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 僕は女の子と話したかっただけなのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「なんかみっともない怯え方ね……魔獣を前にしたら当然かもだけど」
男の女々しい叫びに呆れつつ、リリは攻撃態勢を整えた。両手を胸に充て、少女は祈りを捧げる。
――それは巫女としての力を持ったリリの秘技、その一つを限定解放だ。
「『
神鳥は聖光に。夕暮れの空に昇ったその星は少女と同化し、乙女に光の羽衣を武装させる。
神獣の魔力と能力を身に宿したリリは、獣の頭上高くを滞空していた。
「ミアベルぅ、シファ、みんなに会いたいよぉ」
金色の光で槍を編み、槍先の狙いを定めるとリリは頭から真っ逆さまに落下する。
上空で槍が閃光を放ったと同時、巫女の雷が降臨した。
「神聖魔法、麗人の輝槍――」
「異世界に帰りたいよぉ!!」
「……え!?」
地面衝突のコンマ数秒前、聞き取った言葉に耳を疑いながらリリは獣を貫いた。
隕石の如き落下で魔獣を爆散させた後、リリは男の方へ歩み寄る。
「わっ、だ、だれぇ!?」
「あなた、さっき異世界って――」
土煙を裂いて進みながら、リリは男の前に立った。
すると開口一番、何かを聞くわけでもなく男は呆けた顔で少女に告白する。
「……可愛い、僕と付き合って」
唖然、沈黙。
尋ねようとした本題も心配も忘れ、無駄をそぎ落とした心からの言葉ががリリの口より吐き出される。
「キッモ無理!」
※
「待ってくれよぉ。置いてかないでぇぇ」
「魔獣からは助けたけど、今度はアタシが助けほしい気分だわ。制服着た女子高生に手ぇ出そうとするなんて生理的に無理」
「あっちじゃ結婚年齢低かったから感覚抜けてないんだよお」
男を振り切ろうと速足でリリは歩いた。純粋に関わりたくないという思いだけで。
「助けてくれたお礼がしたいから、名前だけでも教えてほしいな」
「……アタシは、鹿深近リリ。アンタにはあんまり勧めたくないけどまあ、呼ぶならリリィで良いわ」
「リリィちゃん! 素敵な名前だね。僕は山里
「ダッサ……」
もはや彼女からは嫌悪感を隠す気もなくなった。
「リリィちゃんももしかして、同じ異世界転生者なの?」
「世界はアンタと違うけど、そうよ。それとこっちじゃ転生経験者のことは、異世界帰還者って呼ばれてるわ。今アタシは同じ帰還者の友達と一緒に異世界帰宅部として活動してるの」
「他にもいるんだ! 案外みんな異世界に行ってるんだねぇ」
「で、アンタは? アタシだけ一方的に情報開示って癪だから話してよ」
「そうだなぁ……転生前から今までずっと親のスネカジリな無職二十六歳。女の子と付き合いたくて話しかけるけど、いつも逃げられる。今日もロリータ女子追っかけてたら魔獣に遭遇しました」
「真正のストーカーじゃない。やっぱりここで排除するべきかしら」
「お願い殺さないでぇぇぇぇぇぇリリィちゃんの足元にも及ばないぐらい僕って弱いんだよ!?」
「弱いって、何かスキルとか持ってないの? そういう人もいるとは思うけど」
「一応スキルはあるけど、戦闘向きじゃないんだ」
山里は立ち止まると、スライムやゼリーの感触に似た生ぬるい魔力を放ち始めた。
「――ユニークスキル『モテモテ』。魔力を持ってる相手から注目を受ける体質になる能力。ただの人間には効果ほぼ皆無で、魔獣や一部の魔力を持った種族には効果抜群。今日もそれで追いかけられた」
「それってただのデコイスキルじゃない。それだけは少し同情するわ」
「でしょー! 肝心の女の子相手には無力だってのにさぁ」
「まさかとは思うけど、アタシにかけたりしないわよね。普通に怖いんだけど」
「できても視線を僕に一度向けさせるのが精いっぱい。もし効いてたら、こうして話してる間に目がハートになってると思うんだけど……うん、効き目無し」
「試すな! それに生憎、アタシは前世で生涯の愛を誓った旦那様がいるから。他の男にはなびかないわよ」
念のため更に二メートルの距離を取りながらリリは会話を渋々続けた。
「それにしてもよく異世界で生きてけたわね。他には技とかないの? それともスローライフ勢?」
「戦闘力はゼロ。あっちじゃ女の子たちに守ってもらってたから無事だったんだ」
「女の子たち?」
「獣人や亜人族の女の子はスキル対象だから、僕のこと好きになっていつも敵を倒してくれてたんだ。みんな戦闘力高いし可愛かったから、冒険が毎日楽しかったなぁ。それにお風呂や寝る時も……えへへ」
男のニヤケ面をひっぱたいたリリは既に人間に向ける目をしていなかった。
「ダメ、ありえない。本当に無理」
「そんなぁ!?」
「覚えときなさい、ハーレムものは女子ウケ最悪なのよ。それ抜きにしても性格から性欲が前のめりに出てきてるとこが冗談じゃなく気持ち悪い」
「そうかなぁ。でも乙女ゲームは女の子も男に囲まれて嬉しそうだし」
「リアルとフィクション混同しないでよ童貞」
「僕童貞じゃ――」
「皆まで言わないで! もっと気分が悪くなる」
不快感が増すばかりの会話にリリの頭痛も酷くなっていた。
「この変態どうしようかしら。殺すほどの悪党でもないし、無島さんに預けるしか……あっ!」
「どうしたのリリィちゃん?」
「アンタさっき、お礼がしたいって言ってたわよね?」
「? うん、僕にできることならだけど」
その言葉をたしかに耳にした瞬間、彼女の頬が緩む。
「アタシの友達同士の仲直り、手伝ってくれない?」
リリが浮かべた悪戯っぽい笑みの意味を山里が知る由はなかった。
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