第十四話 剣聖の野望

「今宵は月が満ちている。魔法なきこの世界でも、満月は私達の魔力を昂らせますね」


「良い夜じゃなイ。凱旋にはもってこいのテイストダ」


 月明りが簒奪を求める者の姿を晒す。二十日ぶりに俗世へ舞い戻った二人はニヒルな笑みを浮かべ、鉄橋の頂上から街を見下ろした。渇いた欲望は蹂躙を欲する


 剣聖は今宵のため剣を振るった。彼の処刑人を迎え撃つべく。奇術師は今宵のため数多の仕掛けを張った。その内に秘める欲望を満たすべく。

 千景学園を襲撃したあの日よりも、彼らの魔力は多く練り上げられていた。


「大将はサ。なんで社会をぶっ壊したいノ?」


「私は、もう一度だけ叶えたい夢があるんです」


 真紅髪の剣士は懐かしの異世界を追憶する。その記憶の中に彼の願いはあった。


「私の元で統治する、理想の独裁国家。それをこの世界で再建するのです」


「ヒュ~驚いタ。まさか大将にそこまで過激な政治思想があったなんテ」


「独裁、という言葉は些か強すぎるかもしれませんね。理想の独裁国家というものは、優れた統治者によって生み出される公平で平和な世界の事です。決してディストピアなどではありませんよ」


「でもサ、その理想国家をつくる前にケッコーな数の人間も殺すんでショ?」


「間引き、選別、剪定。過去の歴史でいくらでも行われてきたことです。ノアの箱舟だって、同じことでしょう」


「そういうあなたは、何故破壊を望むのですか?」


「似たよーなもんだよ、ボクちんモ」


 聖書を読み上げるように、奇術師は饒舌に語る。懐から出した関係のない本をめくる素振りをつけて。


「罪人には相応の罰を与え、善良な民には与えられるべき祝福を与えル。魔法や神々という意志に左右されない裁定のシステムがあり、人として命としての在り方に一種の正解があっタ。冤罪も免罪も存在しない世界」


「ほほう。絶対的な正義の審判が存在した世界、ですか。それもまた一つの理想郷の形ですね」


「勧善懲悪、目に見えた正しさ。そんな当たり前の共有すべき答えを提示しながら、その中で自由に生きられるような世界をボクちんは全人類と魔族の魔術を用いて完成させタ。だからこそよくわかる、この世界の汚さガ」


 デルネウゾは身に着けた装飾品を揺らしながら、青白い月を握りしめる。


「ボクちんはまたそんな世界に君臨して、尊敬されて、自由に生きたいってだケ。だから利害が一致してる大将の下で働くし、その独裁国家ってのを作り上げた後でも仲良くよろしくしたいだけってこト」


 何かを夢想するその目には恍惚の色が輝いていた。


「今の話を踏まえて、どうかな? 一度は刃を交えかけた間とはいえ、互いに手を取り合うのは」


 彼らの語る理想に灰燼は唾を吐き捨てる。


「紙があったら焼き捨てたい内容だったね。脳に虫でも住み着いてるかと思ったよ」


 その眼光は前回対峙した時のそれとは違う。憎悪、そして軽蔑。この世に野放しにしてはならない害悪を滅ぼすための機能として、アスハは排除に特化した処刑人へ心を改造する。


「悲しいものだな。ありのまま全てを伝えても、自分の理想が理解されないのは」


「しょうがないサ大将。こういう理解できない人間があるから、ボクちん達が作り変える必要があるんだっテ」


「俺の方こそ理解に苦しむね。得てして統治だの支配だの、異世界で似たような経験をした帰還者は同じ末路を辿る」


 対話も交渉も必要はない。淘汰するか、されるかを決定するためだけの殺し合い。決して相容れない者を排する、その意志のみが彼らに共通して存在する。


「守衛は任せましたよ、デルネウゾ」


「はいは~イ、またね大将」


「この期に及んでまだ逃げるつもりか」


「ちょっとちょっと、せっかちだナ~。標的を間違えてんだよガキ」


グリフェルトは再び異界に帰する。退避ではなく何かに備えるため急ぐ素振りが垣間見えた。取り逃がしではないと信じ、アスハの殺意は魔人王に向く。


「やっと見つけたんだ。ここで決着としよう。お互いのためにも」


「言っておくケド、ボクちんも大将も前回と違ってフルスロットルだからネー。自決するなら腕と舌があるうちがオススメだヨー」


「ありがとう。お前達を殺すときの参考にするよ」

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