第十二話 ダチと大人と正義の味方

 全身の肌を焦がしたような痛痒さ。痺れを纏って動かせない手足。その感覚が闇の中でも鮮明になった時、ツムギは眠りから目を覚ました。


「うっ、いてぇ。背中いったぁ……」


「んお。やっと起きたな寝坊助。おはようさん」


 病室に立つ黒い背広はペットボトルのお茶を一本、ツムギの前に差し出す。相変わらず酷いくまと火薬の臭いが強烈な印象を与える。


「アンタ、無島さん? ここはど……ってて、っつーダメだ腰にも痛みが」


「体動かそうとすんな。丸二日寝込んでた上に毒も食らったんだ。安静にしてろ」


 身をよじる度に苦悶の表情を見せるツムギを寝かせ、掛け布団や枕を無島が丁寧に整えた。彼が話やすいよう、ベッドの傾きをレバーで操作して上半身を少し起こさせる。


「ここは、いったい」


「見ての通り病院だ。喜べ、上等な病室を選んでおいた」


 ツムギは自分のベッドの大きさをようやく把握した。シングルサイズよりも大きく、布団生地もそれなりのもの。清潔で広々とした部屋には冷蔵庫やテレビまである。かなりの好待遇だ。

 部屋にあるベッドは自分と、薄紅髪の少女のものだけ。包帯を巻かれた百合は安堵の笑みをツムギに見せる。


「おはようツムギ。その様子だと当分は動けそうにないね」


「リリィ、か……あー無事で良かった。心配したぜ」


「それとほいコレ。お前の装飾品」


「あっ、オレのヘアピン。それにピアスと指輪、ネックレスまで」


「スキルの性質上、暗器を仕込んどくのは結構だがな。それにしても多すぎだっての。俺でももっと少ねーぞ」


 アクセサリーは何かと最適化オートクチュールで役立ちやすいんだぜ、とツムギは呆れ顔の二人に弁じた。


「って、それよりもアスハは。学校はどうなったんだ?」


「それは……」


「無理すんな。俺が話す」


 リリに代わり、無島が事件のその後について語る。意識を失ったその後、リリの身に起きたこと、そして無島が目撃したもの全てを。


「――アスハが、行方不明? 最優先追跡対象ってそんな」


「上は前代未聞の帰還者襲撃事変の事後処理真っ最中。ガス漏れってことで発表して、辻褄合わせや記憶改竄なんかに奔走してら。ってことで、お前ら三人の件は俺に一任されてる」


「無島さん、事情はまだ詳しく分からねェけどアスハは何も悪くねぇよ!」


「ンな事はわーってる。お前らを保護する直前に凛藤とは接触したからな。上もそれは承知で、あの野郎を暴走させねぇように監督役として俺を指名しただけだよ」


 誤解がなくて良かったとツムギの懸念は解消される。


「ねぇ無島さん、アスハが異世界帰宅部を辞めるってどういうこと?」


「事情は知らん。だがやつは思い悩んでる様子だった。その胸の内は次会った時にでも聞いてみろ」


「会うったっていっても、消息が不明ならどうやって」


「情報が正しけりゃ凛藤は襲撃した帰還者の生き残り二人を追ってるらしい。危険な単独行動だ。見つけ次第、俺が保護する」


「おっ、オレも手伝う! このままアスハに頼りっぱなしじゃいられねぇし、アンタの力になりてぇ」


「馬鹿なことを言うな。回復しきってねぇ大怪我人を同行させるわけねぇだろうが」


「だったらせめてアタシの召喚獣でも魔法でも! 無島さんの仕事をサポートするぐらいは」


「あのなぁ、この状況がどれだけ特例か分かってねぇだろ。オレらの機関は基本、情報漏洩厳禁の秘密組織。仮にも一般人のお前ら相手にここまで情報開示してんの、上司にバレたら俺大目玉なの」


 声を荒げた無島に言い返す気力は二人に残っていない。しかし納得のいっていない少女らの表情を拝み、無島は荒い手段を取る。


「お前らが何と言おうと、俺の考えは変わらん。忠告を無視するようだったら、この件が終わるまでお前たちをここに拘束する」


 その場で無島は片腕を上げた。それと同時、怪我で伏す彼らに倍の重力がのしかかる。加重に伴い、神経回路から魔力を流すパスも支障をきたして感覚に鈍る。


「うっ、なんだこれ……力が入んねェ」


「魔力が、上手く流せない。自由に、体も動かせないよ」


「俺のスキルでお前ら二人程度は楽に抑えられる。今の攻撃はお前らへの警告と、俺の実力の保証とでも思っておけ」


 手荒になってすまんなと言葉をかけ、無島は躾を終了する。彼の腕が降ろされた途端、リリ達にかけられた重は解かれた。

 拘束から脱して荒い呼吸を整える少年少女へ、無島はテーブル上の飲み物を勧める。


「不服そうだな」


「当たり前だろ。どんなにアンタが強くて信用できても、それでハイ分かりました、なんて素直に納得できるわけねェよ」


「だろうな、気持ちは分かるよ。だが異世界帰還者はこの世界での肉体に精神が引っ張られる。つまりお前たちの前世がどうだろうと、今この瞬間はガキってことだ」


「だとしても……」


「だからお前らはガキらしく、ダチのことだけ考えてりゃ良い。今お前らに必要な事は凛藤を見つけることじゃなく、次会った時に何言ってやるか考えることだ」


 それは子供の我儘を諫める言葉ではない。ましてや頭ごなしに押さえつける大人の理不尽でも。

 若人のやるせない気持ちを汲んで見守ろうとする、責任感に満ちた大人の口から出た言葉だった。


「大人は頼れる人間がいないから何でも一人やってるだけなんだ。だがガキがそうすることはねぇ。子供らしく、図々しく、大人に迷惑をかけろ」


「それってつまり」


「てめぇらはとっとと傷治して、凛藤が見つかるまで待って、居所掴んでから直接殴りにでも行け。お膳立てならいくらでもしてやる」


「っ、無島さん」


「お前ら二人分の気持ちは俺が請け負う。必ず見つけてやっから、信じて待ってな」


 瞳の奥で輝く意志を二人は見逃さなかった。それを目にしては先ほどまでの抵抗が馬鹿らしくなるぐらい、彼の言葉を信じられた。


「大人を頼れ。大人を巻き込め。大人に寄りかかれ。大人に背中任せて突っ走るのが、お前ら子供にだけ許された特権なんだよ」


「……カッコいいこと言いますね。オレも真似してェ」


「まっ、カッコ良いこと言って有言実行すんのが、正義の味方ってやつだからな」


 誇らしげに返す無島の無垢なこどものような笑みだった。


「そうだ。お前らが飼ってたネコちゃんは理由つけて俺ん家で預かってるからな。全部終わったら取りに来い」


 胸元に仕舞っていた煙草の封を開け、無島は病室を後にする。

 くたびれて火薬臭いその背広は、他のどの背中より大きく彼らの目に映った。


「なんか、してやられた感じだね。全部あの人の筋書き通りってかんじ」


「そーだな。一杯食わされた」


「……アスハ、戻ってくるといいね」


「ああ、その通りだ」


 無理に起こしていた体の力を抜き、ツムギはまた布団の中へ潜る。窓から眺める入道雲が、彼にはいつもより遠くにあるように感じた。

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