第二話 ようこそ、異世界帰宅部へ!

 物理準備室で待っていたのは圧倒的なカオスだった。


「異世界帰宅部?」


「ようこそ我が部へ~。さあどうぞ入って入って」


 薄紅髪の女子に促されるままアスハは物理準備室へ招かれる。天真爛漫でどこか強引、一回り背の高い自分を引きずれるほど力も強い。それが彼女に対するアスハの第一印象だった。


「スルーされるかと思ったけど来てくれて嬉しいぜ」


 男子は能天気にケラケラ笑っていた。額が見えるよう上げた金の前髪とサイドを留めるヘアピンが、明るくさっぱりとした印象を与える。そしてどことなくアホっぽくもある。


「ンニャッ、ンニャッ」


 その彼の横では今朝アスハの保護した野良猫が、ゴムボールを転がし回していた。おもちゃではなく、準備室の備品だ。


「そうそう、凛藤くんが助けてくれたこのネコちゃん。準備室のこのよくわかんない球体がお気に入りみたい」


「こいつに飼い主がいないかはっきりするまで、とりあえずはオレらの部で当面は世話することんなったぜ」


「ごめん待って、話が一向に見えないんだけど」


 視界と言葉の情報が渋滞している。


「朝のこれ、凛藤くんでしょ?」


 女子が手に持ったスマホには朝に通学している俺の姿が動画に撮られていた。


「能力が、発動してな」


「ああ違う違う大丈夫。凛藤くんは一般人には見られてないと思うよ」


「なら、これはいったい……」


「これ映像にしてあるけど、アタシの魔法なんだ。透明化とか気配遮断スキルを無効かするための」


「スキル、魔法って、もしかしなくても君たちも」


「オレらはお前と同じ、元異世界転生者。通称、異世界帰還者だ」


 アスハにとってこの日二度目のアクシデント。それは思いもしなかった同類との邂逅だった。


 用意された椅子にアスハが腰かけて、ようやくまともな会話の準備が出来上がる。


「じゃあ来てくれたし、まず簡単に自己紹介。オレは赤原あかはらつむぎ。気軽に下の名前で呼んでくれ!」


「アタシは鹿深近かみちかリリ。異世界でもリリィ・シュメイ・フォルネヴィアって名前だったから、あだ名で『リリィ』って呼んでくれると嬉しいなっ」


「お、俺は凛藤明日葉。俺のこともアスハって呼んでくれれば良い。そして本題だけど……」


「まずは異世界帰還者についてだよね。っていっても、多分なんとなくで分かると思うけど。よっこいしょー!」


 リリはホワイトボードを引っ張り出し、マーカーで簡単な図形と文字を描いた。わかりやすく簡易的な地球が数個ほど作図されていく。


「アタシ達はどういう訳か、一度異世界転生した。転生した先で新たな人生をスタートして、一生を終えた後にこの世界へ戻ってきた。ここまでは一緒かな?」


「うん、その通りだ」


「問題はここから。アタシ達って多分、異世界転生したって言っても別々の世界を渡ったってこと」


「……べつの」


「アタシはフォルネヴィア国っていうとこの王女に魂だけ転生したの。そこは女神様や教会が統治する世界で、アタシ自身はそのまま王女として国を切り盛りしたわ」


「オレはこの身体のまま転生して、あるギルドの冒険者になった! 色々あったんだけど、なんやかんやで英雄みたいになって楽しく暮らしてたぜ」


「多分だけど、アタシ達のどっちの世界もアスハの行った世界とは違うと思うの」


「……そうだね、俺の転生した世界とは全然違う異世界みたいだ」


「そして更に問題なのは、アタシたちは異世界の能力を持ったままこっちに帰ってきたこと。これ見て」


 リリが手を伸ばすと部室の床に、突如獣が現れる。毛皮で覆われた球体に近い四足獣。人の半身ほどあるサイズの獣は冷静にリリの指示を待ちながら座す。


「これはアタシが前世で使ってたスキル、『迷える獣たちストレイヤーズ』。縁を結んだ幻獣を呼び出して使役する能力。あとは神聖魔法とか、便利な魔法も扱えるよ」


 リリは次々に手元で小さな火やプラズマチックな光を出現させて実演する。その所作や発動の手際の良さからその熟練度が伺える。


「でもこの世界には魔力がないから、全盛期の力は発揮できない。アスハもそうじゃない?」


「……能力が上手く使えなかったのは、そういうことか」


「心辺りがあるみたいね」


「てかアスハはどんな能力なんだ?」


「俺はまあ、簡単に言えば身体強化とかの類いになるかな。朝みたいな応用は聞くけど」


「そっか! じゃあ俺と似た系統の能力かな。なんてスキル!?」


「ツムギちょっとステイ。まずはアレからでしょ」


 リリは興奮気味のツムギを制して話を軌道修正する。


「じゃあお待たせ、ここからが本題!」


 リリとツムギは前のめりに顔を突き出し、アスハを口説き落としにかかる。


「アタシたちと一緒に異世界帰宅部に入って能力を研究しながら、この力をこっちでも有効活用する方法を考えない?」


「せっかく異世界で手に入れた力が使えるんだからよ。上手く使って一獲千金とか、前人未到の偉業とか、オレらでやってみようぜ!」


 躊躇いと動揺の静寂が部室に流れる。しばしの沈黙を得て、アスハは重い口を開けた。


「ごめん、一度話を持ち帰っても良いかな? 今日は少し、頭が追いつかなくて」


「そ、そっか。そうだよね。全然いいよ。気持ちが決まったら教えてくれると嬉しいな」


「いつでもオレら、ここで待ってるからな」


「ありがとう。それともう一つなんだけど……」


「ん?」


「異世界帰宅部って名乗るの、流石にヤバくない? ほら、部活動的に」


「大丈夫よ。申請上はちゃんとオカルト部にしてあるから」


「どっちにしても怪しい集まりになるんだね」


 物理準備室しか借りられない時点で胡散臭さは諦めている。とリリは苦笑していた。



 ※



「異世界帰還者、異世界帰宅部……」


 日の落ちた帰り道で濃密だった今日の出来事を咀嚼した。


「俺が居て良い場所じゃないな、きっと。あの人たちには悪いけど、明日断りに行こう」


 二人の人柄が良かったこともあり、アスハは後ろ髪を引かれる思いだった。だがそんな気持ち警戒心によって上書きされる。


「なんだ、この気配。まるで魔物……いや、違う」


 人気のない公園で鳴らされる怪音は、石と石が何度もぶつかり合う衝突音。ゴミで溢れた海中を漂うような、異様な魔力の流れをアスハは肌で感じ取る。


「フッハハハ、良い、良いぞ。この場であれば容易に資源を回収できる」


 高笑いするその男は地面から浮かび上がる石や砂を操っていた。指揮を執るかのように腕を振り、呼応して宙を舞う粗砂は次第に紫紺の鉱石へと変化する。

 錬成されたアメジストは刀剣を中心とした武器を生みながら、男に蜘蛛の脚のような外付けの触手となった。


「石を操ってまとめ上げてる。もしかしなくても」


「ッ!? そこの貴様、何者だ。物陰から我を覗き見る鼠め」


「あっ、気付かれた。面倒なことになりそう」


 男は外敵を発見したような目つきでアスハを睨む。奇怪だっただけの雰囲気が着実に危険性を帯びていく。


「認識阻害の結界を張ったつもりだったが、仕方あるまい。今はメッセンジャーを作るべき刻ではない。散れ」


 アスハの意識は男を即座に敵と認定する。先端を結晶化させた岩石が眉間を狙おうと、彼に衝突することはありえない。この瞬間をもって彼の精神は闘争者として再構築される。


「いきなり攻撃してくるなんて、とんだご挨拶だね」


 無造作に向けられた殺意を軽い裏拳でいなす。その眼光に生易しさは生存していない。


「三回目のアクシデント。もう今日は普通の日じゃないね」


「攻撃が外れた? いや、確かに当てた筈……もしや貴様も!」


「ああ、異世界帰還者だ」


「異世界帰還者……ほう、なるほど面白い。では前座代わりの一興とするかッ」


「言っておくけど、俺の方は最初から戦いたかったわけじゃないからね」


 無数に空へ並べられた武具はアスハへ照準を揃える。

 互いにかつてない、異世界帰還者との対峙。その闘争の火蓋はアメジストの弾丸によって落とされた。

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