第十九話 人でなくなっても
凛藤明日葉の英雄譚は最後のページを捲られる。
その
――全てを話し終えた時、リリ達は彼にかけられる言葉を見つけられなかった。
華々しく異世界で生を終えた二人にとって、アスハの過去は想像を絶する地獄そのもの。
青年の背負っていたものの大きさに、ただ突っ立って彼の話を耳にすることしかできずにいた。
「俺は、何も為せないまま世界を壊した。だからキミたちを同じ末路にあわせるわけにはいかないんだ」
言い表し難いほど、その言葉は重い。
燃え尽きた破壊者として、アスハは突き放すこと以外に友を守る方法を知り得なかった。
「ごめん、あまりにも、あまりにも……言葉が、見つからなくて」
「良いんだ、リリ。それが当然の反応だ。その嫌悪は、その軽蔑は、正常な感情だよ」
「違う、そんなこと思ってないよ。アスハ!」
顔を上げてようやく、アスハは二人の落涙に気が付く。
リリとツムギの目は赤く腫れ、口元は小さく震えながらも堪えようと唇を嚙んでいる。
彼らの流す涙の理由を灰燼の心は理解できず、混乱に陥っていた。
「変に同情とか、慰めとか、そういう風に思われたくないけど、でも。可哀そうって言葉しか思いつかない。そんな話、アスハが、報われない。悲し過ぎるよ」
「えっ……なん、で……」
「すまねェ、アスハ。オレさっき、簡単にお前のことを、『オレと同じだ』って言おうとしてた。でもそんなもんじゃなかった。オレのこれまでの辛さなんて、おまえに比べたら千分の一にもならないのに」
「アタシたちは軽い気持ちでアスハの苦痛を理解しようとした。ごめん」
「なんで、二人が謝って……」
「アタシたちじゃ、アスハの傷を癒すことはできない。アタシたちって異世界だと恵まれた人生送ったからさ、アスハと同じ苦しみを本当の意味で分かってあげることなんてできない思う。だけどさ」
世界の違いなど関係ない。英雄かどうかなんて視界にない。
純然たる友への想いだけがツムギの拳を握らせる。リリの足を半歩突き出させる。
「そばで一緒にいて、キミの苦しんでる時にちょっとでも耐えられるように、抱きしめることはできないかな」
「お節介て言われても、ほっときたくないんだよ。少なくともオレらはアスハのこと、友達だと思ってるからさ」
「エゴだけど、友達が苦しんでるのに見て見ぬふり、できないよ」
それ以上に言葉はなく、二人は嗚咽を押さようと努めた。
「……そんな、そんなこと言ってもらえる資格なんて、俺にはないのに。もうとっくに戻れない、一度や二度の地獄じゃ清算できないほど、俺の手は汚れてるんだ。もうとっくに、人でいちゃいけないんだ」
望んではいけない。許してはいけない。それは奪って来た命への冒涜だ。
その業を知る唯一の
「お願いだ、そんな風に、俺のせいで傷つかないでほしい。俺のために泣かないでほしい。キミらは、キミらみたいな人は俺と違って、みんなに愛されて生きるべき人だから」
そう思わなくては。そう自ら罰し続けなければ。彼の心は保てない。
己の行いの重責に耐えられない。これは防衛本能だ。
「俺の罪で二人が泣く必要なんてないんだ。罰は俺一人で充分。これはその贖罪の一部にも、満たない……」
彼の言葉から力が抜ける。
「――――でも」
心の器はとうに限界なんて迎えていたのだ。
「いやだよ、こわい」
アスハの頬を伝う涙が心に築いた鉄格子を溶かす。
閉じ込めていた本音が壁を失って溢れた。
「アスハ……」
破滅的な精神のまま生きるなど、アスハに耐えられるわけがない。
「ずっと一人だ。人殺しは、ずっと一人ぼっちなんだ。のうのうと生きてる自分が許せないのに、まだ希望なんて持って生きてる。やってることが矛盾ばかりで、もうどうしたら良いのか分からない。それが当然の罰なんてわかってても、やっぱり」
なぜなら彼は英雄未満。特別な才能もカリスマ性も持たない、力があっただけの平凡な人間なのだから。
「こわい、こわいよ。もうこれ以上、怖い思いなんてしたくない。大切な人が死ぬのも、それで自分が傷つくのも」
アスハはこれまでになく涙を溢れさせる。
枯れ果てるまで流した涙は、肥大化した悲しみを吐き出すように再び零れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……救われたい。二人にもっと、頼りたい。誰も傷つかないように、俺が傷つけないように、助けてほしい。もう二度と、一人になりたくない……」
その場で膝をついたアスハに二人が駆け寄る。
三人は痛みを分かち合うように互いを抱き締めた。
「アスハ、がんばったね。がんばったね……」
「ここまでホントに頑張ったな……お前が自分を許せないなら、代わりにオレ達が許すよ」
背負って来た過去、耐えて来た苦しみ、醜く救いを求める自己矛盾。
淀んで詰まっていた泥の感情が今、栓を抜かれて一人の小さな体から解放される。
「リリィ……ツムギ……いなくならないで……」
人の形をした灰燼の涙には、人肌の温度が伝わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます