第四十話 ケダモノの歩き方
俺が転生したのはつい数年前のこと。
刑事としての仕事に当たってたら、油断してたもんで背後から犯人に刃物でプスッと。まあ下手こいて殺されたんだわ。
「やべっ、これ死ぬやつだ」って思った瞬間、気絶。目が覚めたら異世界で赤ん坊に転生してたって話だ。それも迫害されてた魔族のな。
別に第二の人生の始まりは、嬉しくも悲しくもなかったかな。
魔族のガキに転生して、その異世界を知った。
ここじゃ魔族は無条件に害獣扱い。何百年も前の戦争をダシに、罪の一つも犯していない世代まで人間から迫害を受けてた。薄っぺらに言えばそんな所だ。
俺もその被害者の一人。六つの年になる頃、村を焼かれた。どっかの貴族の武功のために。
「どうか、どうか生きてくれ」
俺たちを逃がした魔族の親父がそんなこと言ってる間に串刺しにされた。
「私の子に生んじゃって、ごめんね」
息絶える前のお袋はそう言って笑ってたな。俺を川へ逃がしたところで、お袋は固まったままになった。
第二とはいえ生みの親だ、六年分とは思えねぇほど情も湧く。当然そのあとは、その世界の人間を恨んだ。
って言っても、魔族ってのは人間と精神構造が若干違ってな。人間みたいな苦しい憎悪ってより、ガキがムキになるみたいな感覚だった。何ていうか、思考できる脳のグレードが落ちたみたいな感覚。
不思議な気分だったぜ。
だから癇癪みたいに人を殺した。村を焼いた人間も、その家族も、身なりの良さそうな人間は全部が敵に見えてな。
そしてその人間達と同じことを繰り返した。唯一違った点は、殺戮も蹂躙も俺一人で実現したってところだけ。
気ィ付けば伝説のモンスターみてぇな賞金かけられて、毎日冒険者に狙われる生活になった。
あらかた恨みも晴らして、何の感情もない冒険者を返り討ちにする日々も疲れてた時な、ある人間に会ったんだ。
ソイツは今風に言えば、勇者ってやつでよ。他の冒険者より弱っちそうなのに俺を討伐しにやってきたって言うんだわ。
だがヤツの態度、真っ直ぐな眼差し、肩を震わせながら俺の前に立つ姿を見て、「あ、俺こいつのこと殺したいわけじゃねぇや」ってやっと我に返ってな。
「俺を殺すのか?」
「そうだ。お前に殺された人達の無念を、ここで晴らす!」
特に未練もなかったから、俺は殺されることにした。潮時だった。
「そうか。それなら良い……だが一つ、頼みがある」
話が通じそうだったもんで、ダメ元で一つ言ってみた。
「俺の首を持ち帰って、人間達に伝えろ。この大殺戮は過去の迫害が生み出したものだとな」
「……」
「恨まれるのは俺だけで良い。だがもし、俺の行いを理由に魔族を迫害することがあれば、俺に代わる存在がまた生まれることになる。復讐の怪物がな」
ちょっぴりカッコつけちまった。せっかくの最期だったしな。
「悲劇と和睦の象徴に、この首を使え。これ以上の絶望を俺は求めやしない」
※ ※ ※
「――そんで、俺は死んで戻ってきた……てっとこだが、まあ救いようのないクズってことだ。軽蔑なら好きにしてくれ」
「随分軽く言うんすね」
「高尚な説教話でも聞きたかったか? 俺はやだね、つまんねえ」
口調で誤魔化していた。アスハ達にも劣らない壮絶と呼ぶべき凄惨な過去だ。
いや、それだけではない。それはツムギでも理解出来た。
――無島さん、本当のこと話してねェな。
それが自分を励ますために吐いたまるっきりの嘘なのか、それとも真実を全て話していないだけなのか。
いずれにしても、無島はその過去を乗り越え、こうしてツムギの為に明かしたということだけは確かであった。
「アンタも、相当な人生歩んで来たんだな」
「同情はいらねぇよ。んなもんとっくに吹っ切れてる」
他人事のように無島は吐き捨てる。それ以上はツムギも言及することはなかった。
「まあ、だから俺が今こうしてんのはその時の贖罪だ。それと」
「それと?」
「……ダチが生きたその心の在り方を、今でもなぞってるだけだ」
「?」
「お前が何者かなんてどうでもいい。それより今のお前は、どうありたい?」
再び男は少年へ問いかける。栄光に惑わされない彼自身のアイデンティティを。
「何者かになるかじゃねぇ。どんな自分であるかどうかだ」
「オレは……」
いざ質問を突き付けられた時、ツムギ自分の中に答えがあったことを知る。
「やっぱりオレは、英雄になりたい。でもそれは称号や尊敬される存在ってことじゃねぇ。アスハやリリィと肩並べて戦えるような、本物の心根の英雄に」
「……さっき俺は、行為に宿る善意と実際の動機は切り離して考えろと言ったな。だから一つ訂正する」
火薬の香りを漂わせた手がぽすっと音を立てて、ツムギの胸に当たる、
「『理想の自分』が心に強くある人間は、いずれその理想に追いつくもんだ。そのなりたいって気持ちが心にずっとありゃ、いつの間にか叶ってるもんだぜ。自分の在り方ってやつは」
無島はニッと歯を見せて笑った。
「オレは人を励ますことに自信がねぇんだ。どうだ、ちっとは気分がマシになったか?」
「マシどころか、かなりスッキリしたっスよ。言ってほしいことも全部言ってもらっちまったぜ」
「そうか。そいつは良かった」
仕事を終えた黒服はコーヒーを飲み干し、スチール缶を握り潰して後ろのゴミ箱へひしゃげた金属を投げた。
「どうしようもなくなったら俺を呼べ。だがまずはお前だけで会って、腹割って話せるか試してこい」
「アンタ、やっぱり相当なお人好しだな」
「勘違いすんな。ビジネスだビジネス」
「だとしたら残業代バカにならないっスね」
「ハッ……それとお前らは、何かあった時にすぐどっか行く癖があるみたいだからな。最後に忠告だけする」
無島の声音は変わり、低く芯の硬い音を口から出す。
「見えないとこだけには行かないでくれ。じゃねぇと
その気迫に押されてツムギは声も出す暇なく首を縦に振った。「そんなビビるな」とからかう無島に苦笑いを向ける。
気分も晴れ、いつもの調子を取り戻しつつあったツムギの視界は一気に広がる。そして彼は空を走る無数の光を目にした。
「すっげェなんだあれ……流れ星が何個も」
「そういえば、今日は鯨竜座流星群だかが降るって言ってたな」
流星は蒼い軌跡を夜に描く。雲一つないキャンバスの上にいくつもの色が加えられる。
幻想的な光景に目を奪われていた時だった。地面から伝わる揺れによって二人の身体が僅かに浮き上がった。
「なんだ、地震ッ!?」
「いや違ぇ、こいつは――――」
無島の危機感知は的中する。と同時だった。噴出するようにそれは顕現した。
地の奥深くから、世界に寄生する怪物が再誕した瞬間である。
「マッ、ジかよちくしょう。おいおいおい」
世界樹と見紛うその魔物は、街のビルを優に超える体躯を誇っていた。
長く伸びた蛇の首、牙と角を携えた竜の頭部、裂けるように180度まで開く大口。
巨獣に脚はない。地面と身体部が融合し、肉の根と岩石の角質で大地に固定されている。
だが真に恐れるべきは、獣の上半身に合った。背には今にも広げようとする竜の翼が生え下がっている。目測でもその片翼のサイズは旅客機を上回る。
翼ばかりに目を取られてはいられない。巨獣の前腕、いやその上半身全体は人間の構造と限りなく類似していた。
その途方もない巨躯、無拘束の両腕、未だ全容の知れぬ翼。僅かに動くだけでも街への甚大な被害は免れない。
しかしそれは、怪獣がその翼で飛び立たねばの話に過ぎない。羽化して自立行動を始めたとすれば、被害はその次第ではない。
「野郎、怪獣映画と出るとこ間違えてんだろ。なんだあの馬鹿デカさ」
災いの象徴、地脈の巨獣は再臨の咆哮を上げた。震えの中で叫ぶ獣は天を仰ぎ、空を駆け抜ける流星へその腕を伸ばした。
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