第二十八話 またあの部屋で

「全くツムギったら人の気も知らないで」


 病院から姿を消したツムギを追い、リリは夜道を駆けていた。輝蝶の導きに従い、魔力の痕跡を探る。


 自身の召喚獣が指し示した地点まで辿り着くと、彼女は道の真ん中に立つアスハの背中を目撃した。


「あ、アスハ! ツムギは見つかっ――どうしたの」


 そばへ駆け寄った途端、リリはアスハの異常を察知する。

 ツムギへの心配が一時でも忘れてしまうほど、彼の顔は虚ろで哀愁に満ちていた。


「ごめんねリリ、ツムギは見つかったんだけど。ちょっと喧嘩しちゃって」


「……何があったの」


「説得は試みたけど、ダメだった。俺の言葉じゃ、彼を傷つけただけだった」


 自責の念にまた苛まれてしまわないよう、リリは彼の方に手をやって現実へ引き戻す。


「ごめん、アスハ。ツムギの状態も分からないままアナタに押し付けちゃった、私の責任」


「リリィが謝る事じゃない。勿論、これはツムギが悪いわけでもない。だから気に病まないで」


「でも、このまま放っておくわけにもいかないよね」


「……俺は、それでも良いかと思ってる」


「えっ?」


「放っておくって言うより、一時的に距離をおいた方が良いって方が正しいかもね。今は何をしてもツムギには届かない気がする」


 それこそがアスハに今出せる最善の答えだった。


「僕らの心配が返ってツムギが遠ざかる原因になってしまうなら尚更だ。せめて病院にだけでも行ってもらえれば良いんだけど」


「……分かった。けど」


 努めるように毅然とした顔を構え、リリは瞳を真っ直ぐに揺れるアスハの目へ向けた。


「アタシ、異世界帰宅部が好きなの。絶対このまま解散なんて嫌だからね」


「俺もそうだよ。だから二人だけでも、あの部室で待っていよう。ツムギがいつでも帰ってこられるように」


 失意の海から顔を出し、灰の心は息継ぎを覚える。

 その脳裏には三人でまた集う異世界帰宅部の部室があった。


「ツムギのことは、一回無島さんにお願いして見ててもらおっ」


「無島さんに、か。適任かもしれないけど、忙しいのに引き受けてくれるかな」


「やってくれるよきっと。だって大人に頼るのは子供の特権なんだから」


「そうなの?」


「そ。だから今ぐらいは、お姉ちゃんに甘えちゃいなさい」


 リリは両腕でアスハを包む。母のようにそっと抱き締めて、背中を優しく叩いた。


「アスハ、無理してるのバレバレだから。そんな苦しそうに我慢しなくていいよ」


「……リリィは人のことをよく見てるね」


「社交界で飽きるほど人の顔見て来たから、それはね」


 アスハは動くことなく、彼女の腕の中で肩の震えを堪えた。


「ツムギから言われたことで傷ついた?」


「少しだけ、ね。でもそれは良いんだ。言われたこと自体は別に、大したことは思ってない」


「じゃあツムギを傷つけちゃったこと自体に傷ついてるんだ」


「キミは読心魔法が上手いね」


「フフッ、魔力切ってるって」


 軽口を返せるようになった頃には、リリの肩に数滴の涙が滲んでいた。


「アスハは優しいし、人より辛い過去があるからね。人が傷つくこと自体に敏感だと思うけど、あまり思い詰めないで」


「……ああ」


「アタシもちゃんと信じてるから。仲直りして、また異世界帰宅部が集まることを」

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