第6話 雨夜の品定め
「若い時に遊んでない男は、年とってから目覚めると厄介だよー、しつこくて。若い時に遊んでる男の方が、落ちつくのが早いかも」
「でも、ずっと浮気し続ける人もいるでしょ」
「うーん、そういう男もいるねえ。モテる男は特にね。いいよってくる女も多いし」
けして、ママはてっちゃんのことを言ったのではないのだろうけれど、すかさず自己弁護が入る。
「僕は、浮気したことないで。たまたまかぶった時はあったけど」
「それを、浮気って言うんだよ」
「リアル光源氏だ」
わたしとママから冷たい視線を浴びて、てっちゃんは強引に話を変えた。
「ちょうど雨も降ってるし、なんや、雨夜の品定めみたいやな。あははっ」
笑い声が、寒々しい。
「何それ?」
「源氏が公達たちとどういう女性がええか、言い合う場面があるんや」
「うわー男同士で、勝手なこと言うなんて、最低」
「いや、ママもいま好き勝手言ってたでしょ」
「あっ、そうか。まっ、男も女も関係ないってことで」
お猿が強引にこの話題を総括したところで、そろそろおじやの頃合い。
「さあ、おじやにしようか」
鍋奉行の鶴の一声で、てっちゃんは慌てて鍋に残った具材を食べ始める。具材が少し残った状態で、薄口醤油と塩を足して味を調えご飯を投入する。
蓋をしてぐつぐつ煮込み、ご飯粒が柔らかくなったところでとき卵を回し入れざっくりかき混ぜる。
ここでかき混ぜないと、せっかくの玉子とご飯が層になりおいしくない。おじやは、玉子とご飯が混ざり合っているのがおいしいのだ。
海苔をちらして蓋をして数分蒸らす。その間に、明日の流れを確認する。
「じゃあ、明日てっちゃんのスマホに連絡がくるんだよね。何時かわかんないの?」
「そんな遅くはならんやろうけど、選考会が長引いたらわからんなあ」
「勉強しながら待ってるよ。もし、もし受賞したらそのまま会見場に行って挨拶するんでしょ。ネットで中継あるよね」
てっちゃんは、ここで大きくため息をつく。
「待ち会には、勅使河原先生も来てくれはんのやけど。僕は、候補になっただけで名誉やと思てる。待ち会に来てくれはる人らには、がっかりさせるかもしれへんけど」
勅使河原先生とは、典子さんのお店の常連さんで文壇の重鎮である。てっちゃんは、もうすでに受賞できないことを想定し始めている。
ここぞというところで、繊細さを発揮する純文学作家だ。
「てっちゃん、ちょっと何弱気になってるの。受賞したらお金儲かるんでしょ。そうしたら、薫ちゃんの学費稼げるじゃない。マイケルの暴走を食い止められるって」
ママはまた勝手なことを言っている。自分はこの間、マイケルのところに行ったらしたいことできる。アメリカは魅力的なところだとかなんとか言っていたくせに。
「ママ、勝手だね。この間はマイケルのこと煽ってたのに」
「まああれは、失って初めてわかる気持ちもあるからさ。ちょっとは気づくかなと思っただけ」
なんのこっちゃ。何が言いたいのかわからない。ママがよだれを垂らしそうな顔――実際にはお猿の顔はまったく動かない――をして見つめる前で、わたしとてっちゃんは熱々のおじやをいただいた。
海苔の香りがまず鼻をくすぐり、鰤と野菜のうまみが染みだした出汁の匂いを嗅ぎつつフーフーと口をすぼめ恐々口にする。熱い! 熱いけれどおいしい。ああ、やっぱり鍋の締めはおじやに限る。
出汁を一滴も残さず食べきれるというのも魅力的。れんげにすくったおじやの匂いをママにかがせつつ、てっちゃんに最終の心構えを伝える。
「とにかく、てっちゃん。落ち着いてね。受賞会見で変なこと言わないように。朧さんには浮世離れしたミステリアスな作家ってことにしようって言われてるでしょ」
わたしは決して、フラグを立てたつもりじゃなかったのだけれど……。
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