第7話 授賞式
某有名ホテルの受賞会見場は、華やかな雰囲気に包まれていた。関係者や記者を前にして金屏風をバックにフラッシュを浴びて座っているのは、うちのてっちゃん。
羽二重の紺色の長着に羽織。そして金屏風と一体になっている金髪が肩まで伸びた作家は、異彩を放っていた。
いにしえの文豪の佇まいであるが、見た目はほぼ西洋人。金髪碧眼の美丈夫というビジュアルのよさ。
これは見栄え十分、話題性十分ではないだろうか。なんだかこれから、大変なことになりそうな予感がする。てっちゃんの受賞は喜ばしいのだけれど、遠い存在になったようで少しさみしい。
我が子がオリンピックに出たような気持ちで、受賞会見のネット中継をママといっしょに見守っていた。
まず受賞のお気持ちを訊かれ、無難に関係者への謝辞を述べて終わらせると、記者からの質疑応答となった。
ここまでは、京ことばと相まって浮世離れした雰囲気が漂っている。朧さんのイメージ戦略通りだ。
「賞金は何に使いますか?」と小説と関係のない質問がきた。そんなもん知ったところで、へーとしか言いようのない質問だ。
この手の質問は、本当に使い道が知りたいのではなく、どう答えるかによってその作家の人間性を推し量る指標にするのが目的だ。
貯金をする。と答えれば、堅実で面白みのない作家。
豪遊する。と言えば、無頼派作家の烙印を押されるわけだ。
「姪の学費に充てます!」
物憂い雰囲気を吹っ飛ばし、目を輝かせてついつい本音をもらしたてっちゃんに、会場中がどよめく。
学費に充てる……。それも、自分や子供ではなく、姪の。記者の頭にはてなマークが踊っていることだろう。
「てっちゃん、余計なこと言っちゃったね。薫ちゃんに世間の関心がいかないといいけど」
現在綿しか詰まっていないママの頭でも、容易に想像できることだ。絶対、姪との関係を興味本位で調べられる。
そうすると、血がつながってないこともバレるわけで。そもそも見た目が違いすぎるのだから、ご近所さんや学校の先生や友達は薄々わかっているのかもしれないことだけれど。
ここにわたしが居続けて、てっちゃんの迷惑になったらどうしよう。令和の島崎藤村なんておもしろがられたら、たまったものじゃない。
ちなみに島崎藤村は実の姪と同居して妊娠させた、正真正銘男のクズである。
「薫ちゃん、編集さんに連絡。てっちゃんのプライベートな情報を一切漏れないようにしてもらおう。姪の年齢も名前もわからなかったら、そこまで大事にならないかもよ」
さすがモデルなんてスキャンダラスな職業――偏見も甚だしいけど――をしていたママ。頼りになる。
わたしはさっそく、朧さんに連絡をしたのだがなかなかつながらない。それもそうか。会見中なのだから、当然編集の朧さんもあの場にいるのだろう。
会話が無理なので、メッセージを送っておく。てっちゃんの質疑応答は終わり、他の受賞者に変わっていた。
ネット中継の画面を流しながら、わたしは参考書を開いた。
「てっちゃん、本当に世間に認められたんだ。なんか信じられない」
わたしがこの家にきた時にはもう、小説を書いていたてっちゃん。ずっとずっと売れなくても投げ出さず、書き続けて今日の受賞があると思うと、なんだか泣けてきた。
「やだ、薫ちゃん泣いてるの」
お猿のふわふわの手で頭をよしよししてもらうと、ママが帰ってきて初めてうれしいと思えた。きっとひとりだったら、てっちゃんに会いたくてしょうがなかっただろう。
「てっちゃんが帰ってきたら、ご馳走してあげようね……って、薫ちゃん受験生なんだから、そんなことしてられないね。ダメダメ、勉強しないと」
「大丈夫だよ、一日ぐらい。うんとおいしいもの作ってあげる」
そうは言っても、何をつくろう。てっちゃんの食べたいもの……。考えていると、商店街の魚屋さんから漂っていた香ばしい匂いに、鼻をひくつかせていた姿を思い出した。そうだ、あれにしよう。
スペシャルな日にふさわしいお値段の高い食材。おまけに、家で温めなおすだけでOK。手間がかからないので、受験生のわたしの負担にもならないうってつけの料理。
あのかぐわしい魅惑的な食材を思い浮かべると、口の中にじゅわっとよだれがあふれたのだった。
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