第12話 てっちゃんのファン
てっちゃんは、焼きそばを口に入れもごもごしながらわたしに訊いた。
「なんで、焼きそば食べたかったん?」
「てっちゃんが、初めて作ってくれたご飯、焼きそばだったでしょ。覚えてない?」
ママにおいていかれて、泣きながらてっちゃんと同じ布団で寝た翌朝。お腹が減っていたわたしに朝からてっちゃんがつくってくれたのが、焼きそばだった。
キャベツは少なく、お肉がほとんど入っていなかった焼きそばだったけれど、ソースの味がママの焼きそばと同じ味がしておいしかった。
「ああ、そう言えば、そうやったな」
「あの時の、焼きそばの方がおいしいかも」
正直な感想をもらすと、てっちゃんは苦笑いを浮かべる。
「さっきのお兄さんに、悪いやろ。麺にこしが残ってておいしいやん」
「せっかくかわいいって言ってくれたのに、ごめんねお兄さん。おいしいです」
反省してそう言うとてっちゃんが、ケラケラ笑う。ふたりで半分こして食べた焼きそばは、もうちょっと欲しいと思うくらい、お腹にいい塩梅だった。
てっちゃんが、ゴミを捨てにひとりでさっきの屋台のところまで歩いていくと、見知らぬ女の人が近寄っていくのが見えた。
真っ白なコートを着たその人は、てっちゃんに声をかける。何を言っているのかわからないが、ふとその人がわたしをふりかえり微笑んだのだ。
真っすぐな艶のある長い髪が、振り返った瞬間正月の晴れやかな日の光を受け輝くように揺れている。顔ははっきりとは見えないが、佇まいだけで美しいと感じる人だ。
戻ってきたてっちゃんに、さっきの女の人のことを訊ねると、「あの人、僕のファンやって」という意外な答えが返ってきた。
「よくわかったね。今日のてっちゃん帽子かぶって、あんまり顔がわかんないのに」
「そやろ。鉄舟先生ですかって言われてびっくりしたわ。おまけに、あの女の子姪御さんですかって訊かれるし。正直に答えたけど。悪い人ではなさそうやったし」
てっちゃんも、すっかり有名人だ。こんな人込みの中ファンが声をかけてくれるなんて。作家冥利に尽きるというもの。
「その人、サインしてくれって言うのかなって思ったら、次の作品も読ませていただきますって言わはっただけやったから」
「奥ゆかしい人だね」
「うん、でも、京都の人やなかったな。言葉が
「へー、旅行先で偶然推し作家にあえるなんて、ご縁があるってことだね。天神さんの御利益すごいな。わたしも、ぜひあやかりたい」
「大丈夫、薫の合格は僕が保証する」
「てっちゃんに、ご利益あるように思えないな」
「えっ、ひど!」
「それより、家帰ったら英語の勉強見て。長文苦手なんだよね」
神頼みよりたしかな受験必勝法は、勉強することしかない。
「薫、英語は単語をどれだけ覚えられるかで、勝負は決まるんや」
英語とフランス語がペラペラな人は、簡単に言ってくれる。ちなみにてっちゃんの通った大学は、吉田山の麓にある。
てっちゃんとの英語学習がきいたのか、はたまた天神さんと氏神さんの御利益のおかげか、わたしは梅が咲き誇る季節に無事志望校に合格することができた。
そして梅が散った三月の末に、約束通りあの人が再び姿を現した。
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