第55話 異世界転生アンチの人たち 2


「でねー? エリザったら、その時さー、なんて言ったと思う?」


 下校中、駅が見えてきた頃だった―――クラスメイトの成野ナヤが、また話しかけてくる。

 いつも笑顔だから、対応してあげないと、なんていつも思う。

 対応———。

 時々、クラスにいる時の自分が小間使いみたいに感じることがある。

 それこそ中世の世界で、主人に振り回されているみたいだった。


「『くすみカラーだから逆にアリじゃん』って言ったんでしょ? 百回くらい聞いたんですけどー」


 里砂サリーが逆方向から話に割り込む。

 彼女の言動はツッコミ気質で、成野ナヤの対応に慣れているようだ。

 ようだというか、何時も絶妙な距離感で近くに待機している。

 本人は同じ中学だったから仕方なく、慣れている自分がやっている、などと言っている。


 真っ黒な髪が鴉のように艶やかで印象的だ。

 頭髪検査で一度も引っかからないであろう、合法的な艶が羨ましい。

 一方、私は地毛が少しブラウンがかった色あいで、先生に目をつけられたことがあるのだった……それこそくすみカラーだからね。

 

 先生と言い争うつもりなんてないけれど、世の中は嫌なこともあるし、喧嘩になってしまうこともあるし、それが解決しないこともある。

 カゲちゃんは、基本的に注目を浴びない。

 そんな日々が、女神に狙われ始めて崩れたところはある。

 

 

 ただ今日は、カゲちゃんとは一緒に帰れず、同性の友人たちと帰路につく。

 ……といっても、電車に乗るまでの間だけど。


「話変わるけどさ、別の世界に行くとかって―――、学校でしか起きないと思ってたんだよね」


 成野ナヤが突然話題を急カーブさせるのは、いつものことだ。

 私は自然と聞き入れる。この話題は、私たちの間では日常的になってしまっているからだ。

  

 「ほら、夜の学校で―――鏡を見るとさ、別の世界に繋がってるって」


 随分と古風な例えを持ち出してくるものだ―――学園七不思議、っていうんだっけ、そういうの。

 友達のお母さんからそんな話を聞いたことがあったかもしれない。


「かすみはどう?」


 どう、というのは……?


「どんな異世界に行ってみたい?」


「行ってみたい ……って、そんなの」

 

 そんなこと考えたこともない。

 女神の存在は知っているけれど、見たことのない世界に、行きたいという気持ちはまだ、ない……。

 転生の方法が、あんな方法でなければ、少しは見てみたいと思ったかもしれない。


 私が戸惑ったのは、あまりにも自然に聞かれたからというのもあるけれど、それに慣れているはずの私たちでも、驚くような問いだった。

 成野ナヤは悪意なく友達として訊ねてくる。


「あー、『異世界行きたくない派』かぁ。かすみはそうだよね」


 私のことをそう評価する里砂サリー

 彼女はにやりと笑って、「完璧超人」と言い、二人で笑い合う。


「さっすが、困ったときのかすみだねー。チリーンチリーン」


「チリーン」


 私の苗字のせいで、呼び鈴みたいな言動が流行っている。

 言動か、挨拶か―――元気に相槌を打つのも、ちょっとしんどい。


 ふざけモードに入った二人に、正直少し不機嫌になってしまう。

 怒りではない、この気持ちは何だろう……遠い距離に、世界にいるような想いにはなる。

 けれど、これも今のこの世界の現実だ。

 女神に正面から中指を立てるような精神を持つ人間は、たとえ異世界転生が現実に浸透して有名になっても少数派だった。

 ……まあ、私の幼馴染に約一名いるけれど。

 人間相手にはなかなか喧嘩腰にならない、目立たない主義の幼馴染は、人外の来訪に対しては高圧的だった。

 興味があるというよりは、謎だった。


「いいところなんだと思うよ……だって、神様が送ってくれるんだから」


「楽園ってどんなだろ」


 二人の発言に、言い返す気も失せる。本当にお馬鹿な話。

 それでも、都市伝説のようなものだとしても―――異世界転生は完全に市民権を得つつある。


 ―――クラスメイトの脇村くんが、休み続けている。

 ただ、このことに対しても深く発言する人は少数だった。

 不登校の生徒くらい、それになりがちな生徒くらい、いるはずで、いるもので。


 電車が私の降りる駅に近づいてきた頃、まだ彼女たちは笑っていた。

 いざこんな妙な世界になってしまったら、人間ってこんな風になっていくのか、と納得してしまう。

 迫る死に対し、日常に紛れる死に対し、恐れ慄きなんてしない人たち。

 

 それに納得はしないけど。

 けれど……私だってそうなのかもしれない。

 出来ることなら、笑って過ごしたい……その時間が長く続けばいいと、思っている。

 それも本当の、偽りない気持ちで―――なんだかんだと言って、高校生が終わると、この時間が無くなってしまうのかもしれない、という想いはある。


 里砂サリーが私にささやく。いや、ささやいているというより、誰に言っているかわからないような声だった。

 声というよりも、目線……誰を向いているのか。


「それに送られた―――地獄に落ちるっていう噂はないんだって、かすみ」


「——つまらない人になったね、なんだか」


 咄嗟に言い返した私に、里砂サリーはまだ続ける。

 顔色は見ない。

 言い返そうとするにも、遅すぎる気がした。


 ———かすみは悪くないよ、完璧だもん―――成績だって良いし。―――もちろん死にたくはないけどさ?


「かすみって、何でもできちゃうよね……!」


 何でも出来ているわけではない……なんでも練習した。

 私はそういう人間だと思っている。

 

縁川ふちかわくん、知ってる?  ……っ彼、かすみのこと、好きらしいよ」


 縁川くん……クラスメイトの男子だけど———里砂サリーは何の話をするつもりだろう。

 車両のドアが開いたので、私はいつも通り駅に降り立った。

 いつもより少し、逃げるような足どりだったかもしれない。


「かすみ、すごいよね―――」


 里砂サリーは何故だか笑顔だ、でも同時にとろん―――と、悲しそうな目をしているのが気になった。


「すごいよ、悪いことなんて何にもない、助かってるよわたし―――でもね、でもさ、みんながみんな、そんな女子じゃないんだよ」


 閉まる銀色のドア。

 縁川君のことは私も知っている。話したことはちょっとしかないけど。

 里砂サリーがその男子の背をよく見ていることを、私は思い出したところで、ドアとドアが合わさる音がした。

 車内に電子音が響き、線路を進む振動がタタン、タタンと続いた。



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