第24話 変わりゆく日常 2


 黒瀬が登校———教室に到着して、しばらく経った。

 朝礼、ホームルームが始まる。

 空席が目立っていた。四つ、開いていた。


「お……」


 いつもよく話す縁川と茂撫山がいた、黒瀬をちらと見た。

 脇村を探して―――いない。そのままチャイムが鳴る。


 黒瀬がいつも通り席に着く。

担任が「風邪です」「熱があるようです」そんな電話を受け取ったという報告を、黒瀬は期待していた。

 だが担任はお休みです、とだけ言って、クラスのみんなはなあんだ、とその場の空気は緩まった。



 ただ、以前からそれはあった―――確かに世界中で急増していた。

 他の学年の教室にも、ぽつりぽつりと穴が開いている―――全国的にはまだまだある。

 学生を中心とした若年層の行方不明者の増加。

 俺も鈴蘭も、その日は口数が少なくなった。



 クラスメイトが減った。確証はないが、黒瀬は、最近起こったことを思い出し、静かに、その意味を理解した。

 敵は何も、自分だけを転生させたいわけではない。


 怒りを滾らせようとした。そうするべき―――だ。

 しかし、黒瀬からは何故か熱が抜けていく―――教室からは失われた。

 何故か、怒る対象がその場にいないからか。

 教室で、なんとも言えない感情だけが湧く。

 

 

 学校に来ない生徒、というのは元よりいることはいたのだが、女神という謎の存在をしたれても、生徒たちに大きな変化はなった。

進んで不登校になろうという生徒は何故か、ほとんどいなかった。

 少なくとも黒瀬の見聞きする範囲では、行動範囲ではほとんど見られなかったのである。


「女神さまの話にウソが無いなら―――だけど」


 鈴蘭が、すれ違いざまに呟く。

 珍しくひとりだ。

力の抜けた、心ここに在らずな黒瀬に話しかける―――彼女は俯いていた。


「それなら、———みんな何処どこかに、いるんだよね?」


 黒瀬は何も言えなかった。

 何処か、この世界のどこにもない―――何処か。

何処かで転生をしたか、今しているか。

 連中が理外の存在で、常識はずれで、黒瀬や人間にはできないことをやってのけているのだとしても。


「なんでだ……?」


 自分の手を見つめる。少しばかりの擦り傷はあったので痛い。

 指の皮や、手首の付け根がやや厚くなっている―――ワイヤーを使っていたらこうなる、と親父が言っていた。

 痛いと言えば、痛い。

 だからこそ感じる―――俺は生きている。生きることが出来ている。

 

 黒瀬は手のひらを見つめたまま、しばし固まったまま考える。

 生きている、生きてしまった。

 それでもしかし、生き残ることが出来たのは自分みたいな例外だけである。


 普通の、一般のみんなだって―――そう思う黒瀬。

 休み時間、小柄な女子がふらりとドアから抜けていくのが気になった。

 ふくらはぎに、ガーゼが張り付けてあったので、つい見つめてしまったのだ。

 怪我をしている―――怪我をする―――路上でだろうか?


 黒瀬は自身の手の鈍い痛みに意識をあわせた。そして考える、何かできないのか―――!



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 女神協会異世界転生課。

 白い大理石調な室内に、大柄で年老いた、一人の男が訪れた。

 男―――この異世界転生課こそ女神の集まりのような部署ではあるが、本来、そうではない。

 当然ながら神には、男も女も存在している。


「カリヤ冠位長……」


 男神に低い声で呼びかけられ、振り向くと、年老いた男がいたが、当然ながら人類ではない―――神だ。

 男神。しかしビジュアルだけを特筆するならサンタクロースです、と紹介されても通用するような風貌で、白いヒゲを蓄えている。


「カタスキー様……」


 その神の来訪に気づいていたカリヤ。

 ふたり、いや二柱は連れだって異世界転生課の室内から出て行く。

 フロスは一瞬視線を上げたものの、いつものことのように感じたようだ、これから人間界に赴く者など、それぞれに作業に戻った。

 ケーオはもうあの世界に行っているはずだ。

 黒瀬のいる世界のもとに、向かっているはずだ。


「予定数に達していないぞ、カシスオン界」


 ヒゲの男神は静かで、困ったような声だった。

 ふたりは歩いていく―――城の庭園のような風景が続く。

 雑談の散歩は日常的に行っていた。

 男神の出したとある世界の名前を出す―――カリヤにとっても一押しだった。


「……」


 黙って聞いている冠位長カリヤ。


「送っています」


「しかしわかるぞ、そうだろうカリヤ―――」


 穏やかそうな表情をしているが、この男神も、人類の異世界転生に関わる神—である以上、人間の轢殺、肯定派である。

 人倫の外におわする神である。


「異世界に送ることだけを考えてはいないだろうな? それだけでは終わらん。

そこが繁栄していない世界―――何もない荒野だけならば、生まれついた人間もどんな顔をするだろうな?」


「どんな顔でもすればいいですわ」


 そんなことは知らない、勝手なことだ、カリヤは声を投げ捨てるーーーそんな言い方である。

 表情もそれ―――白を切るような無表情。

 無論、人間が異世界転生し、その後にあるものは希望でなければならない―――と考えている。

 神だから。


「ただ、いずれ素晴らしい世界に渡ったということがわかります、いずれそのような顔になります」


 タイムラグはあると思いますけれど―――と、男神を横目で見つめる。

 人間にも伝わるはずだ。

 今の、今までの世界が、良いということはないのだ。

少なくとも最適な世界ではない。

大きな綻びがある。


 問題がある、今の世界が駄目である、あの世界に蔓延っている苦しみに―――繋がっている。

 彼女はそう信じて疑っていない。


目的のためには水火すいかも辞さない態度のまま、背筋を張ったまま歩いていく。

散歩にしては随分と正しい姿勢だ、とカタスキーは苦笑した。


「ところでカリヤ、大水晶を観ても良いか?」


「……はい、構いませんが、人間界のどういった映像を?」


 意外な問いかけ、提案に、冠位長カリヤは首を傾げる―――彼も転生に関わっている神のうちの一柱であり、男神も現行の人間界に興味を持っている。

そんな彼がカリヤの―――異世界転生課の大水晶だろうが、それを示したのか?

 それ自体は当然だが、報告は常に挙げているはずだ、今さら、ひと際注目すべきものはあるのだろうか。


わしもちょっと―――『S級』を観たい」


 むすっとした表情でカリヤをみつめた。

 睨まれたわけではないが―――困惑のカリヤ。

 いや、妙に感じることもないか―――S級は厄介な存在であることは確か。

 利害の一致というか意見の一致はある。

 現存する人類のなかの、特異な対抗戦力レジスタンスである。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 異世界転生課に戻ってきた二柱。

 カリヤは男神の提案に対し、黙り考えていた―――気にするのはわかる。

確かに、S級はこの異世界転生課からだけ、問題視されているというわけではない。


「フロスくんだったね―――ちょっと!」


 呼ばれた長袖女神は、ぴくり、と止まって何ごとかと振り返った。

 他の部署の男神が、自分に用があるのか。

 柔和な笑みを浮かべた髭の男神。


「キミも観ないかね?」


 別に断る理由もないが、予定数に達していないのではなかったか?とも思うフロスであった。

 

 観る―――フロス・パゴスはその選択肢を心にとどめた。

 気落ちしているところだったのである。

 彼女は部屋の隅に放置してある、さいをちらりと見た。

 投げられた賽。

 

 彼女は楽しみを一つ、取られたところだった。



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