第16話 新人女神、ブロンディ 4
指の間に挟んだビー玉サイズの玉。
力いっぱい地面にそれらを叩きつける黒瀬。
そのまま、走っていく。
神に背を向けて駆ける黒瀬。
もくもくと、路上に充満した、その灰色の空間。銀色のフロントバンパーが出現とともにまき散らしていく。
まき散らされた煙幕が、雪崩のような変形を見せていく。広がっていく。
天界製の特殊なトラックは、
歩道に乗り上げたり、その逆にというのを繰り返すうちに、みるみる失速していく。
「どうだぁ!」
黒瀬は声を背後の女神に飛ばすーーー張りあげる。
女神はトラックの天板に乗ったり、空中を跳んだりして少年を追いかけている。
金色クロワッサンみたいなポニーテール女神、ブロンディに対して声をあげる。そして、見ているか女神たち、いや女神協会!
全員だ、全員。
「全員だ―――お前ら全員、何やっても
協会に対しての、業界に対しての挑発———いや、警告だ、彼なりの。
何度でも出し抜いてやる。
神だか何だか知らないが、現実を見ろ―――時間の無駄だぞ。
高校生男子一人に対して、なにを頑張っちゃっているんだ―――何の成果もあげられていないじゃないか。
今、また煙を引き裂くように現れた何台目かのトラックに、走りながら向き直る。
学生カバンから、何かを引き抜いた。
普段は流石に持ち歩かないが、女神対策の品だ。
投げる目的の刃物―――
黒瀬の手から放たれた刃物は、速度を出し切れていないトラックのタイヤに命中し、あらぬ方向に跳ね返った。
「ちっ!」
息が上がってきた黒瀬。
一割がた、パンクでもしないかと試してみたのであった。やはり普通に逃げるかな。逃げるが勝ち―――を続ける黒瀬。何度でも逃げるし、何度でもいろんな道具を使う。
現時点では女神を出し抜いている黒瀬カゲヒサではあるが、内心はハイになっている―――やけくそテンションであった。
なぜ俺は、こんなことをやっているのだろう。
なんでこんな意味不明な連中に追いかけられて、いるんだろう
そんな思いをぬぐえない。
特殊な訓練を幼少時から受けてきた彼ではあるが、女神から襲われた際の心得など、あるはずもない十七歳である。
流石に勘弁してほしい、ほしいものだってある心境だ。
「———っ!」
黒瀬は立ち止まる。
道路をふさいだトラックが、自宅までの進路上にあった―――建造物半壊の合間に挟まっている。人工的ではない、いってみれば神工的な行き止まりだった。
ルートが制限されたことで、黒瀬は立ち止まり、女神を振り返る。
「きましたわ!!」
ブロンディが狂喜した。
すかさずタイヤの高速回転———超振動が付近に伝わり、ワイヤーを出せない状況になる―――、射出しても刺さらない状況を作る。
黒瀬は壁を背にしていた。
目を見開き、どういう状況に陥っているかを気付く―――つべこべ言いながら走っている余裕もなくなった。
―――やるしかないか。
「もう逃げ場はありません! ついに来た、一度! たった一度のチャンス!」
新人女神の方も感極まっている様子だ―――人間とは違い、息は切らしていないようだが。
トラックが加速をしていく。
それを睨みながら、黒瀬は煙幕の球を叩きつけた。
ブロンディが黒瀬の方へ手指をかざすと、指輪が煌めく。
虹色の亀裂が、トラックの近くに出現した。
あの空間に黒瀬を送り、違う世界、異世界に飛ばすこと。それが彼女の目的である―――内心、難易度は高いと感じていたが、今、目の前の状況においては……!
衝突音がしてブロック塀が砕けた。
砕けて舞い上がってすら、いる。
灰色の煙幕があたりに巻き上がっていく。
「黒瀬カゲヒサさま―――これにて異世界転生! ですわ!」
金髪が煙の中でも輝き主張する―――その高飛車な笑みには少しばかりの不安が見て取れた。
彼女は大きな目を眼筋駆使して広げて睨んでいる―――睨み続けて、探している。
標的は―――?
く、黒瀬カゲヒサの姿は?
カッターシャツの少年がそこに居た。
トラックの近くで、片膝をついている―――躱されたか。あのアジア顔少年、隣の転生ゲートには入っていない。
また失敗である―――だが移動はない―――座っているような状態だ。
どんな動きがあろうと、見逃してはいけないし聞き逃してはいけない―――そう警戒をしていたブロンディ。
トラックの天板に向かい、降り立つ―――。
背後から、なにかが風を切る音がした。
金髪女神の頭上に、放射状に広がる縄———さながらクモの巣のような形状だった。
「ええっ!」
頭から背中から、縄の感触がして、その後、トラックの天板上に転がる女神。
転がされた女神。
ワイヤーで、電柱移動ではなく直接
全身も前進も封じられたブロンディはそう感じたが、先ほどのワイヤーよりも柔らかい―――ちがう別の道具らしい。
たぶん捕縛用、のような目的の縄。網。
なんでも用意していることに驚愕する。
ただ、神から命を狙われているのだ、黒瀬少年も必死である。死に物狂いにならなければ必ず死ぬ。
いや、それよりも―――今の
「ぐ……っ! おのれ
首だけで背後を見上げると、逆光の中、黒瀬が縄の端を握っていた。
生殺与奪、握られるようだ。
「これで俺の勝ち―――でいいか? そのゲートをくぐれば、異世界なのか?」
表情は窺えないが、まだ会話が出来る、させてもらえるらしい。
そんな時間はあるが―――くっS級め、余裕があるのか。なんだか穏やかな声色である。
「くっ……! ず、随分とお速い脚ですこと―――、女神でもなかなか、これほどの動きは出来な―――」
「よい―――しょっとぉ」
がん、とトラックのボディをよじ登ってくる男がいた。
手の指をがたがたと震わせながら、疲弊の様子だ。そんなカッターシャツの男子だった。
「お前ら女神の、思い通りにはならない―――ぜ、わかってんな?」
もうわかれ、
そうして、呟きながらブロンディの前にまでたどり着いた黒瀬カゲヒサが息をつく。
どうやって
「え……?」
網の中のブロンディは違和感、いやむしろ異常性に気づく。
背中の……あれ?もう一人いる……!?
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