第17話 新人女神、ブロンディ 5
そのトラックの上には、三人の人間がいた。もっとも三人ではないか―――一柱、神が含まれている。故に三名であった。
一名目、神である〝
今は降りかかった網の中に拘束されてしまっている―――金髪でかクロワッサンが如きポニーテールを持つ女神。
二名目、網を持つ黒瀬。女神を捕らえし者。妙に頬を膨らませ、ドヤ顔の学ラン少年であった。
今、三名目の人間が這い上がってきた―――、疲弊の様子、満身創痍の黒瀬、カッターシャツ姿だ。
脱いでいることに気づいた金髪カールの女神だが―――夏服?
なんだ、その方が走りやすいから脱いだのだろうか―――ええい、それどころではない。
どういう事態だか理解できない新人女神、ブロンディ。
男子が一人、トラックに這い上がってきたことで、ここに三人が集結することとなった。
「―――も、もう一人!?」
「二体一だから卑怯ですわ、とでも言い訳してみるかあ?」
「そうではありませんわ」
理解ができないだけである……ブロンディはそれでも、口を開く。
「ど、どうやら今日は負けのようですね―――しかし神と人間、どちらが勝つのか、
鼻で笑いそうになる黒瀬(カッターシャツ)、しかし神々が負けを認めたのは意外だ。
「意外というか、ひたすらでかい態度なだけかと思ったぜ」
しかしまた来るのかよ、こんなことして何になる、負けの回数が増えるのではないか、とそれだけの感想。
というより、もはやこのイカれた女どもに対して、心配の想いの黒瀬だ。
「長い戦いに……なりそうですから―――それにしても」
ちら、と黒瀬を両者見比べて忙しないブロンディ。
そんな様子を見て、縄を握っている黒瀬(学ラン)は
「わからないのか? 神の国のお嬢さん」
言われて違和感をさらに感じるものの、女神。
「あなた何をしたんですの、何処のどなた?」
「『令和忍者』とかふざけたアダ名つけやがってよ―――お前らなら知ってるんじゃないか?それを言い出したなら」
カッターシャツ黒瀬が立ち上がり、目と目が合う。
「なんですって」
どういうつもりだろうか。お前なら知っている?わたくしが。それとも女神が。令和忍者が二人いるとは聞いていない女神であるが、それでも目の前にいる人間に対して可能性は考える。
可能性だけなら、考えることが可能だ。
兄弟?兄と弟。双子……黒瀬カゲヒサの関係者なんだ、い、いや、しかしさっきまでこんな人間は近くにいなかった……ように見えるが。
ブロンディの中で思考は回り、めぐっていく―――。
人間というものを完全に把握しきれないからか、真相は定かではない。
背後の歩み寄ってくる―――黒瀬の接近。
ブロンディが逃げられないように縄を握りつつ彼は雑談のように応対した。
「んーん。 ただの影分身だよ、俺は」
「…………!?」
ますます表情を引き攣らせ硬直したブロンディ。
縄の端っこを、カッターシャツ黒瀬が奪い取り、「あっ」と学ランは驚きの声をあげる―――。
ブロンディは背中をどんと蹴られて、転生ゲートにまで吹っ飛ばされる。
そのまま、神は自身のふるさと(?)異世界———この世界の外側に消えていく。
「どういう……!」
それだけを言いかけて、そのまますうっといなくなった。黒瀬が二人、それを見届けた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ボロボロの街並みにかこまれている。
あのトラック自体も消え去っていった。
黒瀬(カッターシャツ)が歩くと、自分が、悠々といった仕草で歩いてくるのを視界にとらえる。
「やあカゲヒサ。さすがは俺だ―――『もう一人の俺』。やってくれると思ったよ。流石は『令和忍者』黒瀬カゲヒサだ―――S級の忍者の七位、いや、これは他のみんなも忍者なのかな? 参ったよ―――神を相手に全力キックとは。 いやはや本物は―――やっぱり違うねえ」
にまにまと、妙に自分のことが好きな様子の自分が歩いてくる。
こんなに楽しい時間は他にない、と言いたげなニヤニヤ加減である。
両手を空に向かって掲げたりと、欧米っぽいジェスチャーであった。
一方で、影分身から話しかけられていることに焦りを覚える方もいた―――もう一人の同じ顔。
顔を顰める。元々、目つきは細めてあるので常に怒っているようにも見えなくない黒瀬は言う。
「俺はそんなんじゃねえわ」
その黒瀬は嫌がっているようだ―――自分大好きナルシストだと思われるのが心外らしい。
妙にヘラヘラしている黒瀬カゲヒサの歩み寄りに、耐えられない。
誰か友人に見られているでもないが、いやなものはイヤだ。
「二人っきりだね、カゲヒサ」
「……」
黙る。
「流石は俺だよ、黒瀬カゲヒサ、よくやったね。ワイヤーが使えなくなった時は流石に万事休すかと思ったものだが。 流石は転生抵抗度Sクラスの高校生だ。幼いころから訓練していた甲斐があったというもんだ」
「気持ち悪いロールプレイング、してるんじゃねーよ―――分身は消えろ」
心底嫌悪しているわけではないが、シンプルに鳥肌が立っている様子だ。
普段から、そんなにベラベラ喋るキャラ作ってたか?
ていうか喋りすぎだろ、俺の影分身。
両手を上げっぱなしにしているのも、やたら気になってしまう。
「……『俺』がこんな風に喋ったらいいのになーっていう、思ったんだけどなーァ」
縄を手で畳みながら呆れる表情。
自身の頬っぺたに手を当て、爪を食いこませる黒瀬。
障子を破くようにあっさりと、顔が崩れた。
ゴム状の仮面のようなものだったらしい。
言いながら学生服の黒瀬は、手のひらを自身の顔に当てる。
爪を、頬にぐぐっと食い込ませた―――
「そうは思わないの―――? カゲちゃん……!」
声が高くなった。
顔の皮をべリベリ……と剥いでいく。
皮というか、革製品———精巧に作られた、偽物だったらしい。油性塗料と硬化剤のコラボである。
顔があらわに。
少しばかりつやつやと汗ばんだ女。
ぱっちりとした瞳が這いつくばっている黒瀬を眺める。
「少しくらい、褒めてくれたっていいのになあー」
鈴蘭かすみが、あきれ顔で見ている。
幼馴染からの指摘に―――マジでやめてくれ、と溜め息つく黒瀬。
「そんなナルシストみたいな感じだったかよ……」
「そんなこと言ってたら助けてもらえなくなるよ?」
ぱっちりとした瞳で、鈴蘭かすみがたしなめた。
それまでの声色も解けて、完全に普段の女子生徒である。
黒瀬は別段、喜びもせず。
あの女神から情報を引き出すことが忍者としては最善策だろう。
ただ、それを実際やるのが自分たちで、そして可能ならの話である。
人間でなく、相手が神となると現実的ではない。
今再び、違う女神がトラックと共にやってくる———否、殺って来る可能性も捨てきれない。
それ以外にも、神ならば可能だろう。
何をするかわからない、まったく違う生き物である。
次のことに備えてワイヤー出す構えをしておいた方がいい―――まあ泥沼だが。
神に対して、分は悪い。
まだまだ、地獄への道は開けている―――避けられないあの世行き、必至である。
「転生なんだってさ、地獄とは言っていないよ」
「……」
睨みつけるカゲヒサ―――あの連中の言うことなど、信用できるわけがない。
「カゲちゃん、自分を愛するんだよ……生きていられなくなるかも、と思うならますます、なおさらそうしていこーよ」
「……」
自己愛を崩さないのはもうあきらめるとして———状況わかってんのか、負けるかもしれないんだぞ。
「別に、終わったわけじゃないんだが、そこのところどうすんだ、ついに俺の味方してしまったお前としてはどうなるんだ」
にんまりと笑う女子―――表情に自信ない黒瀬にとっては、理解しにくい要素が多い。
兎にも角にも、被害は去って一安心だ。
すべては、煙の中で完結した。
今日の女神は無事に撃退―――異世界へ追放である。
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