第18話 教室と、異世界転生
「———な、何が起こったの!?」
女神協会、異世界転生課———その室内は騒然としていた。
黒瀬カゲヒサとブロンディの交戦———その内容は女神たちの周知するところとなった。
「負けちゃったかあ―――でもブロンディがこうなるのは目に見えていたでしょ、あなたたちも」
黒髪を筆のように艶やかに垂らした女神が、再び自身の爪に視線を戻した。
どことなく、すべてお見通しと、わかっていましたよとでも言いたげな息のつき方だ。
「はっ、そりゃ最初の話だろう―――フロースゥ……。お前も何にもわかってないくせに」
「はああ? ケーオさま?それは何のマウントですの?」
苛立ちながらも、見た限りのことを思い起こす。あの新人にして新神は、背後を取られていた。
「ああ……煙幕で、様子はよくわからなかったが……あれは……」
全員が視線だけを見合わせて、何も言えない。
だが、全員、薄々わかっていた。
目にしている、そして認知している。
黒瀬の二人目が……いた。
二人目がいた。いや、いるように見えただけだ。
ここで異世界転生課の面々が真相について深く考え込まなかったのは、別件があったからであった。
前例がある―――黒瀬は、変わり身のバルーンを使ったのだろう。
クララ戦ではそれがあった。
それしか思いつかないというよりも、真っ先に連想した。
煙の中で黒瀬の二人目、というか二つ目が見えれば、その考えかたは仕方がないことともいえる―――。
燃え頭が天井に向けて、大きな嘆息する。
「まずいな」
進捗が滞っていることを思い知る女神。
「この辺り―――、何人いるんだ、このレベルの人間がよぉ」
ケーオはあきれ顔である。
もうどうにでもなれと思いつつも、憎しみの表情とは違う、快男子的な性格をしている———女ではあるが。女神だが。
「我々は―――これ以外の件も抱えています」
やがて言葉を失い会話は消え、他の問題へとうつっていった。
「そういえば、
爪にオレンジの筆立てた女が、思い出したように言う。
「どうせまた、他の連中と話し込んでいるんだろう―――まあいい、アタシも他行くわ」
言って席を立つのは、ケーオだけでない―――。
カリヤが来れば、また別の重要な話題が浮上する。
女神たちは、黒瀬の事だけを考えるわけにはいかない。
当然と言えば当然であった。
別の話題へと切り替える。
女神たちにとって脅威で、悩みの種である、S級黒瀬カゲヒサではあるが、当然ながら異世界転生課、女神協会の抱える問題はそれ以外にもあるのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ぎゃははははははー! 何それウケる呆れるーゥ! え、どこどこ?」
「今日あそこ寄っていこうよ、ミユユー」
「行こう行こう。この前言ったあそこだけどさぁ、休みの日とかだと、いつ行けるの?」
次々と席を立つ生徒たち―――特に騒がしいのは女子達。
いま高校の、終礼のチャイムが鳴り終わるところであった。
公立
そして、黒瀬カゲヒサが通う高校でもある。
もっとも、クラスメイトの中で、黒瀬少年は特筆すべき存在ではない。
そのように認知されてはいない―――。
普通科の中の、普通———クラスメイトは、黒瀬カゲヒサについては注目していない。
目立つ人間、生徒は他にいた。
「知ってるか?女神って」
チョコレート色の髪ををたなびかせる男子。地毛だということらしいし、不自然な染め方はしていないようだが。
笑いを張り付けた、妙に楽しそうな生徒である。
鈴蘭は、自身の教科書やノート、カバンに触れながら聞いていた。
「何のこと?」
「なんのって、もう社会的なムーブメントになっているアレだよ、いやあ―――流石に覚えたよ―――『異世界転生』!」
鈴蘭かすみは、驚き顔でそれを聞いている―――ように見える。
どのような表情をすればいいかわからない女子———を、
周りの女子が不機嫌そうな顔になる。物騒な話題がまた、続いていくとわかっている。よくわからない……何が楽しいのかわからない。
「気をつけた方がいいよ、トラックがね」
最近頻繁にワイドショーでやっている。
コスプレをしている専門家がメインを務めている番組だ。
「交通事故の事でしょう?」
鈴蘭は前回の件があり、回避に成功した経験を持つが、本来、笑い話では済まされないと思っている。
「唯の交通事故じゃあ、ないみたいでね……」
鈴蘭はなにも、黒瀬とだけ特に親しく話すわけではない―――クラスメイト誰にでも会話をする。
爽やかイケメンの男子は、鈴蘭から見ても好印象である。
だがこんな時でも、もっとこういう風に笑えばいいのに、などと一瞬黒瀬のことを想っている女子であった。
すこし、離れた場所に黒瀬がいた。
彼は知っている―――鈴蘭が、どのような生徒とも話す傾向があること。そういう日々を送っていること。
あとは、顔のいい男子が好きであること。
それを知っているのは幼馴染だからである―――。
「おい長尾―――マジで言ってんの?」
話に混じってくる、生徒たち。
「目撃者がいるんだからー本当なんだろうさ」
新しい話題に夢中になる性格の男子であった。
「でもいいなー、俺も異世界とかあったら行きてえ」
軽薄そうな男子が言った。
勝手に言っていろ、ババアに殺されたければな!
黒瀬が教室の隅で思った。思っただけである―――クラスメイトに死ねとは言えない黒瀬であった。
実際に死と隣り合わせであることも踏まえると、彼はそう言った罵倒を口だけでは済まないことだと、思っている。
あとシンプルに、目立ちたくない、後々厄介。
隅にいるのは忍者としての習性である―――決して目立たない生活スタイル、学校スタイル。
彼は鈴蘭が男子と爽やか挨拶をするのを眺めていた。
黒瀬は同じような言動をしようとはしない。仲良くなる振りを、しない―――クラスメイトを欺くようで、楽しくはない黒瀬だ。
あとはシンプルに、大勢に囲まれた人気者になることは、忍者にとっても不利だと。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「じゃあねー」
帰路につく―――つこうとする、楽しげな生徒たち。
鞄に教科書を無言で詰め込む小柄な女子がいた。一人だけそこから切り取られたような、静かな空間だった。
「じゃあねー、
それでも声をかける女子はいた。鈴蘭ではないが、教室の誰とでも公平に接しようとする委員長気質のおさげ髪女子だった。
今一人、地味な女子が立つ。
振り返る、眼鏡の女だ。
「
眼鏡をかけた小柄な少女が、委員長を一瞥する、そして呟く。
「———じゃあね」
「さようなら」
言って、ドアをくぐっていく、霧崎と呼ばれた女子。
普段から笑顔で返事をしないことで目立っていた。人というのは大声で騒がなくても、目立つことが可能である。
ぶんぶんと、手を振る委員長に、軽薄そうな挙動の男子が声をかける。
努めて、教室を楽しんでいるふうに。
「よおよお―――委員長さん、あいつと仲いいの?」
「
本物、というのがどういう意味なのかわからなった委員長ではあるが、良い意味を込めていないことはわかっていた。
クラスの女子、霧崎は地味で、体温なさそうな鉄の女として知られていた。
今も、霧崎から見つめられて―――しかし笑顔ではなかったことはわかった。
残念そうな顔でも、無かったが。
ぴくりとも笑わない小柄な女子が、ただ教室のドアへと向かっていた。
委員長は、男子女子に囲まれて、このガキども……と内心思いながらも困り顔で返答する。
コミュニケーションは取ろうとする。社会性は高いのだった。
「ねえ、やめなよ……普通でしょう、挨拶をするくらい」
クラスメイトに対して、それくらいは。
そのような、健全な振舞いをしようとするところが鼻につく、と軽薄男子は考えていた。
こんな距離では友人にはなれないタイプ、と軽薄野郎は想う。そんな、常にへらへら、歯を浮かして生きているような性質であった。
「スズちゃんだっていつもしてるでしょ?」
この発言を受けて、周りも表情を変える。
「鈴蘭は……、まあ?」
「あの完璧超人の名前だして、どうすんのさァ」
「と、ともかく、別に変なことじゃないでしょう?」
周りのチャラチャラした連中も冷めたらしく、その場は解散、お開きとなった。
「じゃあね委員長、ぎゃっはははー!」
「ぎゃははっ」
ギャルが意味もなく笑う―――あるいは、まさか、意味もなく笑うからギャルといえるのかもしれない。
無愛想な眼鏡女子とは違ってはいるものの、これも厄介な性格だろう。
あの女———そんなムーブを続けて、高校終わったらどうやって生きるんだろう。
と彼女の性格を心配する委員長であった。
あまりにも真面目な女子であった。
卒業すれば二度と会わないであろう生徒に対しても、生活を気に掛ける。
ただまわりの連中、あれは大騒ぎする青春を謳歌したいだけの性質であった。
気分的、気休め的と考えればそれも満点といえる。
あるいは、高校のうちにその浅い性格———子供っぽい様子をすべて吐き出す意図があるのかもしれない―――今が最後の、花火。
そんな風に分析を丁寧にしてしまう系、女子。
「……最近物騒なんだよぉ、本当に」
気をつけてね、と言ってから窓の外に視線を向ける委員長。
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