第32話 霧崎わかち 3


 ケーオ・フィラメントは自らの目を疑っていた。

 その目で見た光景を、疑った。

 目標を大きく外れたトラックが、今はブロック塀に乗り上げて動かなくなっている。


「ちっ―――小賢こざかしいなァ、オイ!」


 ふざけるな、今回は黒瀬カゲヒサの転生に忙しい。

 それ以外の手間暇はかけられない!《邪魔者》の相手はさくっと終わらせて、S級を転生おくる―――これだけだ。

 トラックを加速させて、まずは女の方からだ―――!




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 かん、と金属を小突こづいた音が聞こえて、黒瀬は振り返った。

 ガードレール前に少女がいた―――なんであんなところに。


 いや、まず女神が来る。

 目標が定まらないのは危険だ―――今日に限って、黒瀬は混乱した。

 冷静になれないのは何故だ、あのケーオという女神に思うところがあるのかもしれない。

 あれも天界の中では上位というか、言ってしまえばS級存在なのではないか―――黒瀬はそう感じていた。火力が違うーーー文字通り。

 



 クラスメイト、霧崎の方は、なにを考えているのか。

 壁際にいるようなものである、もともとトラックを避けることが出来るのは自分くらいのものだというのに。


 諦めか、意味不明さか。そんな感情に流されて、彼女のもとへ飛んだ。

 心配にはなったかとも思うが、心の内を説明できない―――もはや女神よりも意味不明。


 クラスメイトがガードレールに身を寄せ始めた。

 目を疑う、逃げるどころかあれでは立ち止まるより酷い。つまり逃げ場を塞いでいるのだ。自らの手で―――馬鹿な。

 磔の身となり、断頭台に佇む者を連想させた。

 処刑を待つのみとなる。


 いや、しいて予想するなら、……それなら、自殺の志願だろうか。

 黒瀬には理解が出来ないが、そういう趣向もあるのだろう、この世には。

 教室でいくらか見てきた光景でもある。

 結局、神へ抵抗するという発想自体が、おかしい考えだということらしい。

 

 また、数々の女神轢殺を体感してきた黒瀬ならではの視点もある。

 仮に避けることが出来るような人間でも、大ケガをしてまだ生きている、ということの方が恐ろしくもある。

 激痛だろう、それくらいならば死を選んだ方が―――ということか。


 ともかく、黒瀬とあの霧崎とは考え方に違いがある、ということに尽きるが。

 元より、何を考えているかわからないような女子だという印象だ。

 そんな彼女も、人外から命を狙われれば恐れおののくだろう。

 もしくは、神に嫌われれば人生終了、という考え方もあるのやも知れない。

 ———諦めたか。諦めているのか。


 今回のケーオが、異世界転生さえできれば誰でもいいというモチベーションならば、女子生徒が転生から逃れることはできない。

 これはもう、何もできやしない。


「おっ……おい、逃げろ! また来る!から!」


 彼女の頭上から、一応の声かけは行う黒瀬。

 これが出来ることのすべてだ、助けることなど出来ない。


 ワイヤー移動は二人で出来るほどのものではない。

 発射機構の強度は使用者が一番よく知っているし、連日、酷使してきた。

 また、そのような練習をしたことがない。

 だからこうやって声かけ、忠告が限度。


 その時だ。

 炭のように荷台を燃やしつつ、トラックが迫ってきた。


「……ッ!?」


 離れる―――風を切り、移動の黒瀬。

 自分でもなぜ唾を飲み込みつつ、飛び去っているのか。

 ここに留まるのは賢くない。

 自分は轢き殺されたくない男子高校生だ、これの何が悪いか。

 と、言い聞かせている。

 これは正常な考えだ。


 空へ舞い、風が制服を叩く。

 自分でも、妙に心臓の音が早い―――と感じる。

 これは———黒瀬は、対象から逃げつつ、その様子を窺った。


 少女はガードレールから動かない。

 もはや密着している。

 トラックが少女を見えなくする前に、がん、という音が響いた。


 黒瀬は、クラスメイトと同じ空間にいたくない―――、そう感じた。

 これは何だ、どういう感情だ?

 腕が、身体が、回避を選んでいる。


 黒瀬が民家の屋根に着地し、姿勢を低くする―――安全を確保することが出来た。

 ただ、そこからが目を疑う現実光景の始まりであった。




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